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「本流対策室/4」
1355
:
志恩
:2012/12/06(木) 01:50:28 ID:.QY5jUA6
〜大崎華子さん、つづき〜
赤坂の普及教会のすぐ近くに、とても質素な職員寮がありました。
その1室に華子さんは,仮住まいをされてました。
普及教会に勤務されてましたので…。
当時の、ある時,私は その寮に,遊びに来ないかと華子さんに誘われて、
本部の仕事帰りに、その寮の1室にお寄りしたことがございます。
呼ばれたのは,私だけかと思っていましたら、あと2人来るわよ。というわけで
華子さんは,手早く夕食をこしらえておられました。
しばらくすると、山下さんという男性が来て、そのあとから、華子さんが可愛がっていると言っていた
岡田淳君が来ました。岡田淳君は、そのころ、早稲田大学卒業後、一時、普及教会に勤務されてたようです。
(大昔のことなので、岡田君の勤務先のこと、まちがっていましたら、ごめんなさい)
その後に、岡田君は、本部勤務になられて、本部講師になっていかれたのではないでしょうか。
そのとき来た山下さんという男性は、華子さんの婚約者だと知りました。
4人でちゃぶ台を囲んで、美味しい夕食や 食後のフルーツを ゴチになりながら 話は,
最初から最後まで、
生長の家の真理の話やら,体験談を熱く語り合っていました。
私は、ひどく夜遅くなってしまったので、1晩泊めて
頂いて、翌朝、そこから本部へ行かせて頂いた事を,覚えています。
華子さんは、山下さんと結婚して、平岡先生が本部を退職される前に、大阪へ戻って行かれました。
その後、しばらくは連絡がとれたのですが、いつまにか、消息が途絶えしまいました。
平岡先生にしても、岡田淳君にしても、すでに 亡くなられましたが、
人生をかけて、光明化運動に挺身されてあの世に行かれた数多くの先達の皆様方の真心を思いますと、
アナコンダ軍団のいわれる理屈は、私には、理解できません。 つづく
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