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「本流対策室/4」
1312
:
志恩
:2012/12/04(火) 07:13:54 ID:.QY5jUA6
野尻稔さんのこと、続き
ネットで調べましたら、野尻さんは、1968年に「焔の記録」という本を日本教文社から出していて、
本部講師にも、なっていました。
野尻さんは、高倉健主演【網走番外地】のモデルと言われていた人だそうです。
また、野尻さんの著書「焔の記録」が、1970年、小林旭主演「鮮血の記録」という題名で映画化されてます。
① 他に、「気の向くままにブログ」というところに、野尻さんの記事がありました。
>>スター・デーリー 番外編
2009年11月24日 | 信仰
私が飛田給の練成を受けた時、一緒に練成を受けていた人から聞いた話ですが、
高倉健主演の「網走番外地」のモデルと言われていた人が、生長の家の本部講師として飛田給練成道場に数年前までいたということでした。
確か、野尻なんとかという名前の人だったと思いますが、日本教文社から「炎の青春」だったか、そのようなタイトルの本も出しておられて、
私も読んだ記憶があるのを思い出しました。
この人は網走刑務所に入っているとき、お母さんから差し入れされた『生命の実相』を読んで、それから信仰の道に入り、
本部講師になられた人で、日本版スター・デーリーと言えるのではないかと、ちょっと思い出したので書かせてもらいました。<<
② 一水会・代表の鈴木邦男さんも、野尻さんに触れています。
>> 飛田給道場の練習生の中に、野尻さん という網走刑務所帰りの人がいて、そこの練習生のボスだった。
勿論、改心して、生長の家に入ったのだが、一種、独特の〈凄み〉があった。
「網走番外地は俺がモデルだ」と言っていた。又、後に野尻さんの手記を基にしたヤクザ映画も作られていた。
とてもいい人で、私もお世話になった。
野尻さんは面倒見のいい人だった。
「家の息子は、手がつけられない不良だ」「鑑別所帰りで、荒れている」…そんな不良が、ドッと来ていた。
親が連れて来る人もいるし、自分で来る人もいる。その中に花房東洋氏もいた。>>
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