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「本流対策室/4」

1263さくら:2012/12/02(日) 08:37:17 ID:e8ieIrPA
み教えの中心を説いていない、雅宣総裁の現教団の方針の限界や、矛盾点、
組織の閉塞感やいままでのあり方を、冷静に見直し改善する方向での指摘や批判は、当然あるべきだと思います。

個人的には、なによりもこの本来一の信仰に立ち返るのが、いま信徒にはもっとも必要であると感じたことでした。

>またあなたは、自分の判断を他に対して押しつけようとは思わないのである。他の人が自分の判断と異なる判断をしている場合に、その判断が間違っていると思う場合には“論争”することなく、「彼は神の子であり、神の智慧に充たされていて正しい判断をすることができるのである」と祈ってあげるがよいのである。論争は反感を生むのみであるが、祈りは相手を平静に導き、自然に正しき判断を彼もできるようになるのである。

復興Gさまの姿勢は、一貫してご自分を振り返りながら、この姿勢であられようとしておられます。本部や現教団でご活躍の講師の方も、立派な信仰を持つ方も多いと信じておりますので、こうした姿勢で、雅宣総裁を導かれることと祈っています。

一方、わたし自身、精神修養がなってなくて、未熟なことを自覚しています。
だから現象にとらわれることが多く、往々に自分の我に負けてしまうので、日々反省なのです。

正直申しまして、

>その真逆の教えの運動を雅宣総裁は、押し進めており、それに洗脳された信徒が、まるで夢遊病者のように、よろんで雅宣総裁に、従順に従っているのが、
今の生長の家教団の有様になっているのであります。
>まるで,カルトも真っ青な、カルト化した集団に、今の生長の家教団は、陥っているのです。

たとえば、こうした物言いは、ただの個人の推測による独断であり、改善のための冷静な指摘ではないと感じてしまいます。こういう指摘が本流派側様の支持するものだとしたら、どうしても信頼ができない気持ちになってしまいます。
現教団にいるまじめに生長の家の真理を愛して、同じ生長の家のご縁をいただいている信徒のみなさまがいらっしゃるとおもいますので、「カルト集団」は、酷くいいすぎなのではないかとおもってしまうのです。

たとえそれがどんな「善意」であっても、良心を感じない言い方は他を傷つけることがありますので、
こうした類の指摘によって、よい方向には導くことができずに、やはり「業」を重ねる類のとこにつながるとおもってしまうのです・。

そんな風に感じてしまうわたしは、まだまだ「他人に自分の考えを押し付けるような
未熟な我」が残っているのだとおもいます。
まだまだ、祈っているつもりで、ほんとうの祈りには達していないのですが、
・・どのように祈りを深めていけばよろしいでしょうか。




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