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「本流対策室/4」

1222復興G:2012/11/30(金) 00:04:54 ID:vWpLkCzM

 >>1221のつづき

 で、『理想世界』百万運動が、暴走気味に突っ走ったことにも、やはりそれが必要とされる「原因」「理由」があったというのは、当然そうだと思います。

 当時の社会状況もそうですし、谷口雅春先生が危機感をもって叫ばれることに、本気で、命を賭けてお応えし起ち上がろうとはしない教団の生まぬるい状況に対して、青年として黙っていられない、ほとばしるものがあったから、と言えるでしょう。

 谷口雅宣総裁には、そのことに思いを致して頂きたいと思います。


 それから、「信仰/体験板」の>>851>>869にa hopeさまが投稿された、河口湖道場での楠本加美野先生のご体験――道場で赤痢が発生して練成会ができなくなったときのお話――楠本先生は責任をとって辞表を出そうと考えられたが――

   ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

大調和の神示に「……汝が何物かに傷つけられたり、黴菌(ばいきん)や悪霊に冒されたりするのは、汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ……」という神のコトバ(『七つの燈台の点燈者の神示』)が聴こえてきたのである。

朝夕唱えて、耳にタコができるほど馴れ親しんだコトバも、うろたえて右往左往している時には、全く思い浮かばず、全ては己が責任と心をきめた時に初めて聴こえてきたのである。

なすべきことは辞職願を書くことではなく、省みて和解することであった。

「赤痢菌に感謝し、和解しようじゃないか。感謝できるまで神想観しよう」

道場に集まった十数名が徹夜を覚悟の神想観を始めたのが、午後の十時。

「赤痢さん、有難うございます。赤痢さん、有難うございます……」

いくら言葉で唱えてみても、恨みこそあれ、感謝の実感は湧いてこない。真剣だった。懸命に祈りつづけた……ようやく有難くなってきた。心からの感謝が湧いてきて「大調和の歌」で終って時計を見たら、午後二時であった。

〝黴菌といえども、神の使いである。その働きはガードレールのようなもの″と訓(おし)えられていたことが、四時間に及んだ祈りの中で実感として解らせて頂いた。そして、伝道の一つの在り方というものを、訓えられたのである。
すなわち、〝誰彼の差別なく触れる人ことごとくに菌を伝えられる赤痢のようでなければならない。伝道の前に、あれこれとみずからを限定し逡巡(しゅんじゅん)することをやめて、触れる限りの人に道を伝えよ″というのが、神の御旨(みこころ)と悟らせて頂いたのである。

翌日から、全員大いに張り切った。日赤の隔離病棟に入った十八人も、生長の家日赤道場と称して、意気揚々と、〝笑いの練習″まで行って、練成会をしているつもりでいる。あまり元気で賑やかなのに、病院側では驚いていたが、もっと驚いたことには、入院した者にも道場に残った者にも、赤痢菌は全く出なかったことである。奇蹟であった。お陰で、道場は本当に素晴らしくなった。

一年後には〝赤痢発生一周年記念″の祝いを行った。その後も毎年つづけて、記念日を祝っている。
<つづく>


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