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「教区会員」板

957トキ:2013/12/11(水) 21:24:59 ID:cmhQGZng
>>955

SAKURA様

 この件とは直接関係がないですが、少し思う事を書きます。
 
 フィリッピンから出稼ぎに来て、そのまま日本に定住した人と話をした経験があります。
その人は、孤児でしたが、大学を出ていました。その経過を問うと、その人が孤児なのを
近所の人達はみんな知っていて、学校の友達の親が、かわりばんこに家に招いてくれて、
食事をごちそうしてくれたみたいです。それに加えて、小学生の頃から働いてお金を稼ぎ、
奨学金も得られたので、無事、大学も出たそうです。また、フィリッピンのような熱帯の
地域では、田舎だと、少し山に入れば、バナナやタロイモもあるので、飢えて死ぬ事は
まずないみたいです。ただ、それが、逆に、産業の進歩が遅れた原因かもしれませんが。

 ただ、それはフィリッピンみたいな国だから可能なんでしょうが、助け合いの社会と
言うのは、とても大切だと思います。それは、今、先進国はどこも巨額の財政赤字に
苦しんでいて、その理由は福祉の増大が多いです。つまり自助努力でも助けられない人
がいたら、今までは近所の人が助けていたのですが、それを全部、政府にさせたら
天井知らずにお金がかかります。それに、政府では逆にできない事もあります。信仰
の問題など、特にそうでしょう。

 その中で、宗教法人に期待される事は、「心」の問題だと思います。普通の人が普通
の感覚で信仰ができる、という事はとても大事だと感じます。いわゆる先進国の場合、
発展途上国と違って、いろいろな人がいるので、単純にモデルケースは作れないです
が、例えば、修道院みたいに孤立した社会での修行も一つの答えかもしれません。例えば
人間関係で精神的に疲弊した人が、田舎で、ある時期、場合によっては生涯をそこで
農耕や漁業をしながら過ごす選択肢があっても良いかと感じます。他方、都会で個人の
家を開放して、都会人が修行をする時間を作るのも大事かと思います。

 だから、田舎の生活を全面的に肯定するのも、否定するのも違って、そういう選択肢
もあるし、その選択肢を選んだ場合、どういう生活が待っているのかも説明するのも
大事だと思います。その上で、それを選択しない人にも、何かを提供できれば、きっと
そういう社会と隔絶した空間をもった社会は、そうでない社会よりも、豊かな社会に
はなるとは思います。

 要するに、田舎と都会の関係をもっとボジティブというか、創造的に構築する事は大事
かと思うしだいです。


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