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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

954さくら:2012/12/16(日) 00:25:26 ID:e8ieIrPA
>>927
>以前、さくらマネが掲載していた文章に、雅春先生が「行き過ぎた運動を反省されておられた」ものが、ございました。

これは、雅春先生が、昭和43年11月号の「生長の家」誌、「明窓浄机」上に書かれていたことだと思います。

これにつきましては、以前、トキ様も、書かれていました。

一部抜粋です。

 「しかし、私はこの際、沈思し静慮して深くおもいをめぐらせなければならないことは、生長の家が純粋宗教的立場から幾分方向転換して政治的方面に運動を勧めて来た為に、宗教の純粋さや、清潔さが少しでも失われてきていないかという事である。」(p91)


 「ところが、現在のように政治方面に政治一辺倒とも言うべきほどに力をつくして、宗教的な魂の救済が第二次的に置かれる時、純粋なる宗教的真理を求める人たちは去ってしまうか、近寄りがたくなるのは当然の帰結なのである」
(p92)

雅春先生は、もちろん、国政に神意が反映されることをお望みになり政治運動を推進されながらも、
やはり、宗教の本来の役割としては、純粋なる宗教真理を求める人たちを大切にし、魂の救済を第一にお考えになられたのだと、このことからも感じられます。

宗教の活動のあり方というのは、その時代のやまれぬ事情や、人や処によって受け取り方が、たしかに変わるかもしれませんが、
生長の家でとかれる宗教的真理はひとつであり、その真理においては、ひとつになることが、生長の家に示されたみ心であるとわたしは信じていますが。

現教団も、反対派も、どちらにももっともな言い分があるかもしれませんが、生長の家として一番考えるべきことは、
公人(総裁)であるにしろ、私人(信徒)であるにしろ、やはり、み教えに立ち返ることが、
たいせつであるとわたし個人としては、痛切に感じます。

 対話も、その上で行わなければ、やはり、「平行線」であるかもしれませんね。






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