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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

511トキ:2012/09/21(金) 17:32:58 ID:L.GSnWXk
 法律の世界では、「手続的保証」という言葉を使うそうですが、権利の内容も大切ですが、その権利を使う機会
も保証しなさい、という発想があるみたいです。

 つまり、総裁が谷口雅春先生の教えを変更した(と、言われています)や、聖典を根絶した(とも、言われています)
という点も重大ですが、これが、信徒の見えないところで、総裁の脳内会議だけで決まった点は、すごく信徒には不満
なのです。信徒というのは、お金も出すし、奉仕という労力も提供する重大な利害関係者です。その重大な利害関係者
の知らないところで、物事が決定されたというのは、本人にしたら、侮辱されたような感覚になるのです。

 しかも、それに対して、声をあげても、組織内では無視されます。これは、結構、つらい話です。

 大多数の信徒は、私と違って、聖人君子ですから、サイトで総裁の悪口を書く事はしません。しかし、中には、こう
いう仕打ちに対して、疎外感を感じ、それが感情的な反発につながり、サイトで、総裁批判を書く人がでてきます。
(なお、全ての総裁批判をする人がこのケースだというつもりはありません。)

 別に、だからといって、社会通念を超えた総裁の批判をしても良いとは思いません。しかし、教団や総裁が過去いして
きた組織決定のあり方にも、相当に批判されるべき点があるのも事実です。

 別に、私は、本流復活派を支援するものではありませんが、教団が「手続的保証」を軽視した点が、本流復活派の
増加につながった点は申し上げたいと思います。

合掌 ありがとうございます


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