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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
3694
:
志恩
:2018/04/27(金) 19:02:02 ID:6hRUvSRg
また同書では、スウェデンボルグの記録した『夢日記』にも触れている。ここには、彼自身が体験した神秘的なできごとが記述され、たとえば1744年に記したものには次のような言葉がある。
「私は自分の心身に叙述しがたい歓喜を感じたので、もしそれがいっそう高度なものであったなら、私の全身はいわば純粋な喜悦の中に溶解してしまったであろう。
・・・・私は天界に居て、どんな人間の口も発しえない言葉を聞いたのである」 (同書、42頁)
スウェデンボルグは、しばしば幽冥境を超えるような神秘的な体験をしており、これらの経験を通して『天界と地獄』(1758年)など、多くの著作を遺している。
ここで引用した彼の表現を借りると、「天界」とは、「歓喜」であり「喜悦」だったことが体験されていたようだ。さらに同書では、その後の出来事を次のように紹介する。
『ここでは明らかに、主体がそのうちで偉大な幻影をみ、ふしぎな声を聞くといった、一種の心理状態がみられる。4月6日の夜、就寝後半時間して、
彼は強大なハリケーンのような轟音を聞き、
強い震えに捉えられ、そして聖なるものの存在を感じ、その場に突っ伏した。彼は、それは彼(イエス)が地上に生きていたあいだにもっていたような
「聖なる雰囲気に包まれた容貌であった。・・・・私は震えながら目覚めた」と書いている。』
(同書、42頁)
これは「ヨハネ黙示録」第1章に記された、パモス島におけるヨハネと“久遠のキリスト”との邂逅を想起させる情景である。ここでスウェデンボルグは
続きー
「聖なるものの存在を感じ、その場に突っ伏し」て、イエスと直接相まみえるような神秘的宗教体験をした、ということである。
このような「観想」のレベルでの
直接体験から生み出されてきた彼の神観念について、ラーソンは次のように要約する。
「聖書中にはさまざまな節があるが、スウェデンボルグは、神はけっして怒らず、けっして悔いず、誰をもけっして試練にあわせず、亡者たちを拷問にけっしてかけず、
無垢な者たちの運命をけっして予め定めず、あるいは邪悪な者たちにさえ永遠の罰をけっして加えない、と言う。」 (同書、47頁)
『「神は普遍的な人類を愛し、・・・・そのどんな構成員をも永遠に救おうと欲している」「・・・・何ぴともかつて地獄に落ちるべく予定されたことはない」。
スウェデンボルグの神は慈悲深い正義の神なのである。』 (同書、57頁)
「神は非人格的で唯一である。また神は、宇宙に住むあらゆる被造物に分配される、宇宙に実在する生命力(life-giving force)である。
すなわち神は事実上、宇宙の実体である。」 (同書、74頁)
「宇宙の中心の太陽である神からの、生命を賦与し恩恵に満ちた普遍的流入ないし流出が存在し、この流入は、われわれがそれを自分たちに流れ入るのを許すなら、
活力、健康、および道徳的な善でわれわれを満たす。」 (同書、75頁)
スウェデンボルグの「観想」のレベルによるキリスト体験、あるいは天界体験によって把握した「歓喜」の世界が、彼をして善ならざる神を完全に否定していることが、
彼の言葉の要約から読み取ることができるのではないだろうか。
また、神を「非人格的で唯一」であるとし、そこから「生命を賦与し恩恵にみちた普遍的な流入ないし流出」が行われているとみる神観は、これまで紹介してきた
世界の各宗教における宗教多元主義の系譜に、共通してみられるところである。
さて、このスウェデンボルグを濫觴とするニューソートでは、キリスト教の諸教理を伝統に縛られずに再解釈しようとする宗教運動を積極的に展開している。
彼らはキリストの教えを、伝統的な神への賛美や祈祷などの儀式による経験的理解によらず、合理主義的な知的理解にもとどまることなく、
スウェデンボルグや神秘主義者たちが行った
「観想」によって神を把握し、『聖書』の言葉に「霊的解釈」を施すことで、書かれた言葉を字面どおりに受け入れることは拒絶している。
したがって、カトリックやプロテスタントなどの伝統的教義体系は破棄され、代わりに新たな信仰や信念体系を確立するに至った。
またニューソートの代表者たちは、神秘的な宗教体験に裏付けられた実感から、自分たちこそ真の意味でのキリストの擁護者と信じている。
さて、本稿ではニューソート各派の成立などの歴史的な記述は極力省略し、考察を進めることにする。
続く
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