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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

3085 ◆7LOVlzdoy.:2016/01/12(火) 14:10:11 ID:9rF/AhOI
堀浩二さんがhttp://postingjoy.com/users/02100208153527/diary/show/87475で日野西恵美子先生のことを書かれています。

私の所にある『生きて愛して』は昭和44年版のもので、亡き母が買ったもので、扉に
○○○○○様 妙々実装浄土 日野西恵美子 と書かれています。母は昭和45年に父を送り出しました。詳しいことは省きますが、寂しい哀しい人生を歩みましたが、父が亡くなる前に『お前は可愛いやつだな』と認めてくれたそうです。泣きながら聖経を読んでいた姿は今でも瞼に浮かびます。そして私が結婚して8年、妻は母に大変従順でした。母が歯が悪いので軟らかめの炊飯をしていたことに、私が硬めのご飯の方がうまいねと云うと、本気にして一つの釜では二通りのご飯は炊けないと泣いたこともありました、攻めるための言葉ではないのですが、本気に考えたのです。

勿論そのままでいいよと云いましたけどね。そんな親孝行な妻、素直に生長の家を信じている妻のしたい様に今させているところです。感謝の想いで。

この生きて愛しての本文の前に雅春先生の手紙が載っています。そこにたぐいまれなる高級霊であったと御主人のことを書かれています。そんなたぐいまれなる高級霊に愛の世界に導かれた日野西先生が、愛の実践としてでしょうか82歳の今でも新春飛田給錬成に講師として参加されているのです。  その「生きて愛して」の9pに「『恵美さんは、いつでも僕の実相を呼び出してくれた』夫は最後にそう言った。私にあてた絶筆の手紙にも、同じような言葉が冒頭に書かれてあった。私は何も偉いことは少しも出来なかった。ただ、資英さんは、限りなく愛する愛の対象を、私に見出したのであった。」

「そしてその中に、資英さんの本来のものが顕れたのであろう。資英さんは愛したかったのだ。切に何ものかを愛したかったのだ」と書かれています。教団で講話するような人間は雅春先生の意向に反しているのですか?日野西先生のような生き方こそが生長の家であると考えます。

私には反教団の人たちは、本当に人を愛するという事が解らないのではないかと思えます。純子さんが愛するようには総裁を愛せないのでは。生長の家の愛は相手を選ぶのでしょうか?『生きて愛して』は是非読んでいただきたい本です。


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