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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

3006a hope:2015/10/11(日) 10:26:14 ID:cEpBaIdo

「生命の實相」第21巻 p203 6行目〜

ともあれ、生長の家へ来ると、善かれ悪しかれ、念力が非常に強くなるのでありますから、聴衆の皆さんも、できる限りよい言葉を使って、鼠や無花果に限らずすべてのものを言葉の力、念の力で生かしてゆくようにせられたいのであります。

要するに、形の世界は心の影なのでありますから、その心を動かす言葉を使ったら、形は心に従って、どうにでも変化するのであります。
だから聖経は次のごとく説いているのです。


キリストは又云い給えり、『吾が国は此の世の国にあらず』と。

此の世の国は唯影にすぎざるなり。

常楽の国土は内にのみあり、内に常楽の国土を自覚してのみ 外に常楽の国土を其の映しとして顕現せん。

内に無限健康の生命を自覚してのみ 外に肉体の無限健康は其の映しとして顕現せん。


人間の五官はただ『写しの世界』を見るに過ぎず。

『写しの世界』を浄めんと欲すれば心の原版を浄めて 迷いの汚点を除かざるべからず。

われ誠に物質の世界の虚しきを見たり、物質の世界が影に過ぎざることを見たり。

われはまた人間が神より放射されたる光なる事を見たり。

肉体はただ心の影なる事実を見たり。

汝ら、物質は移りかわる影にすぎざること 恰も走馬灯に走る馬の如し。

されば、影を見て実在となすことなかれ。

人間真性(そのもの)はこれ神人、永遠不壊不滅の霊体にして 物質をもって造り固めたる機械にあらず、

また物質が先ず存してそれに霊が宿りたるものにもあらず、斯くの如き二元論は悉く誤れり。

物質は却ってこれ霊の影、心の産物なること、恰も繭が先ず存在して蚕がその中に宿るに非ずして、

蚕が先ず糸を吐きて繭を作り 繭の中にみずから蚕が宿るが如し。
(つづく)


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