したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

2879a hope:2014/11/24(月) 21:49:51 ID:cEpBaIdo

『生長の家の「人類光明化運動」と日本民族の特殊性について』  a hope
(「菩薩は何を為すべきか」より)

○「人類光明化運動」とはなにか

<<抑々(そもそも)生長の家と云うものが現れて来たその立教の使命――即ち此の教えが立てられた所の使命と云うものは何であるかと言いますと、私はこれを最初から「人類光明化運動」と言っておったのであります。

この間幹部会の席上で、或る人が「人類光明化運動というと俗耳(じくじ)には解り難(にく)いから、愛国運動とこうハッキリ言ってしまった方が、人々に一層判り易いであろう」と言われたのでありますけれども、それでは私たちの運動を完全に言表(いいあら)わしていないのであります。
それは何故であるかと云いますと、「愛国運動」と云うと国だけを愛すると云う意味にとれますし、而も「愛国」という文字は、日本国民が「愛国」という場合には、一種の国粋主義として日本の国だけを愛すると云う意味になって、世界の人類を愛すると云うところまで広くその光明化に意味が徹底しないということになるのでありますから、直ちに唯物論者や左翼思想の人などはついて来ると云うことにならないと云う欠点があります。
ところが人類を救うと云うことになれば、唯物論の人でも左翼の人でも、苟(いやいく)も人類を愛する人ならば、そんな人でも皆ついて来られるのでありますから、矢張り吾々の運動は人類光明化運動でなければならないのであります。

その立教の使命である人類光明化運動とは第一に何を為さんとする運動であるかと云いますと、「それは神の子としての人間なるものの本当の相(すがた)を凡(すべ)ての人々のうちに開顕し」と書かれているのであります。
ここにも此の光明化運動が決して日本人だけを対象とするものではないことが明記されているのであります。
この運動は、凡ての人々の中にですね、その実相が神の子であると云うことを開顕するところの運動であり、それを確立するところの運動であるわけであります。
「すべての人々の中に」と云う「中に」と云うのは〝Among the all people〝 と云う意味「すべての人類全体に行きわたって」と云う意味であります。
人間が神の子であるところの実相を顕して、それをフラフラの自覚ではなく、シッカリと悟りとして確立すると云うことが人類を光明化することになるのであります。>>p12
後から2行目〜


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板