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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

2862愛と追憶の日々:2014/10/12(日) 16:59:30 ID:g8iuaZw6

 NHK新潟放送局のラジオ番組に『朝の随想』というのがある。
いろんな人が、自分で仕事のこと、趣味のこと、身のまわりでおきていること、
などをかたって、たいへんたのしく、おしえられることもおおい番組である。ここで話をされたかたは、
それぞれの分野で活躍されているかたばかりだから、皆、よい話をされるが、昨年(九二年)登場された、
新潟市立柴竹山小学校校長の笠原誠先生の話は、きいていて心あたたまるものがおおかった。

 先生は前に市の教育相談を担当されたこともあり、その話には、どれも暖かく生徒をおもいやる気持ちがにじみでていたが、
その中のひとつ「心のリボン」は、ほんとうにすばらしい話だった。わたしも長年教職にあり、いささか教育にかかわる本もよみ話も
きいているが、これほど心うたれたものはすくない。

 文字どおり「心に残るとっておきの話」なので、先生のお許しをえて、ここに紹介することにする。

私が初めて校長になったのは、五十二歳のときで、ある農村地域の小学校でした。
初めて校長は大変に緊張します。失敗があってはいけないと考えてあいさつはどんなちいさいものでも原稿を
書きました。

 校長になって二ヵ月たったとき、春の運動会がスタートしました。一日中にぎやかに運動会が行われて、午後三時ころ
閉会式になりました。私はこれも原稿どおりに話そうと、台の上あがりました。
台の上から子どもたちを見渡しますと、子どもの胸につけられているリボンが目につきました。
このリボンは、走って賞に入った人がもらうので、一等は青、二等は黄色、三等は赤のリボンです。

 子どもたちは一人が三回競技に参加しましたので多い子は三つのリボンをもらって胸につけています。
そのほか二つのリボンをつけている子、一つのリボンをつけている子もいます。しかし中にはリボンを一つもつけていない子も
いることに気づきました。

 そこで、原稿を書いて覚えてきたあいさつをやめて、こういいました。
「リボンを三つ、胸につけている人、手をあげなさい。はい、手をおろして。この人たちは大変がんばった人です。
その場所に、しゃがみなさい」あとで、聞くと、ここで父母の方々が心配したそうです。
こうしていくと、リボンのない子だけが残るからです。

 私は続けました。「つぎにリボンを一つつけている人、手をあげなさい。はい、おろして、この人たちもがんばりました。
しゃがみなさい」これで、リボンをつけている子は、全部しゃがみました。
立っているのは、リボンのない子でした。私はいいました。
「今、残った人は一生懸命やったけど、もうちょっとのところで、リボンがもらえなかった人たちですね。がんばったことをほめて
校長先生が心のリボンをあげます。さあ、投げますから、空中で受け取って、胸につけてください」

 そういうと私は、みんなの方に向ってリボンを投げるまねをしました。
立っている子たちは、空中でそれを受けとるまねをして、胸につけました。
 父母の席から拍手が起きました。
壇をおりながら私は、ちょっとキザだったなと思いました。カッコつけたのではなく、本当にそう
思ったので、まあかんべんしてもらいましょう、と心の中で思いました。

 一年たって、また運動会がやってきました。今度はちゃんと閉会のことばをいおうと思っていましたら、
あるお父さんの訪問を受けました。そのお父さんは、「校長先生、今年は心のリボンはくれませんか」と聞きました。
私は、「あれはちょっとキザでしたから、もう止めます」というと、そのお父さんは、
「やめないでください。うちの子は太っているので走るのが遅く、今までに一度もリボンをもらったことがないのです。
去年の心のリボンが、小学校でもらった初めてのリボンです。どうか今年もやってください」といいました。

 ほかにも電話をもらい「子どもたちが喜んでいるので、やめないでほしい」といわれてとうとう心のリボンはその年も、次の年も
やりました。
 今の子どもは豊かな品物の中で暮らしていますので、品物にこだわる気持ちが強いと思っておりましたが、こうした形のない、
気持ちだけの心のリボンを喜んでくれたことは私の大きな発見でした。

 『心に残るとっておきの話』 潮文社編集部


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