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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
223
:
スターダスト
:2012/07/14(土) 11:54:05 ID:uuNh/pjs
>>222
:アクエリアン:2012/07/14(土) 11:10:56 ID:0rrCWYas
>>私の昔からの、根本の疑問、では、「何故」神は、この宇宙を作ったの
>>か、これがわからないのですね。
>>それでいろいろ読んでいるのですが、まあ、この探求は、ずっと続い
>>ていくでしょう。
>>「絶対無」というのか、そもそも、存在がなくても、何も問題がない
>>のではないか、これは昔からの変わらない私の探求のテーマなのです。
確かに、『絶対無』でもいいですよね。
これはスターダストの個人的な意見ですが。
神は生命である。
神は愛である。
神は智慧である。
これらが神の条件になっていますが。
人間に生命はないから神が生命であり、
人間に愛がないから神が愛であり、
人間に知恵がないから神が智慧である。
そこで、仮に人間に生命があったら。
人間に愛があったら。
人間に知恵があったら。
神は生命を必要とせず、
神は愛を必要とせず、
神は智慧を必要としなくなって『絶対無』になるのではないかと思います。
また、同時に人間も『絶対無』になって消え去るように思います。
世界にはたとえ僅かでも悪がなければ存在できないように思うのです。
つまり電池のプラスマイナスのような仕組みではないかと。
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