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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
1852
:
うのはな
:2013/10/26(土) 14:17:49 ID:rjM2nlL6
国難襲来す。国家の大事といえども、深慮するに足らず。
深慮すべきは人心の正気の足らざるにあり。
(いま大きな国難(黒船来襲)に直面しているが、憂慮するにはおよばない。
深く憂うべきは人の心に正気が足りないことである。藤田東湖)
藤田東湖は水戸学の大家として、その思想は尊皇志士に大きな影響を与えて居ます。
なかでも右頁の言葉にもあるように、厳しい状況のときにこそ正気を持って時代に立ち向かうという「正気の思想」は、
吉田松陰ら志士たちを鼓舞し、明治維新の礎となっています。
この「正気」は正気と狂気の正気ではなく、天地のあいだに広くある「元気」「正しい気風」という意味合いで、事をなすには
人の心にそうした気力、気迫が必要だということです。
逆風にあえて挑戦する経営者のもとで社員は気力が充実します。出光興産創業者をモデルにした百田尚樹『海賊とよばれた男』には
気迫としての「正気」があふれています。
富田常雄の小説『姿三四郎』(黒澤明監督が映画化)に、三四郎が武術大会に臨む当日、「天地正大の気、粋然として神州に鍾まる」で始まる
東湖の「正気の歌」を音読する場面があります。気持ちを落ち着けながら気力を高めていくのに適した詩です。
それにしても、水戸藩というのは不思議な藩です。水戸光圀が『大日本史』を編纂したことに始まる水戸学は、武家でありながら、天皇家の日本国における
地位の高さを認識したがゆえに尊皇思想の一大拠点になったわけです。
ふじた・とうこ
1806〜1855年。水戸藩の儒学者・藤田幽谷の子。徳川斉昭を藩主に擁立し、藩政改革を推進。弘道館の教育理念「弘道館記」を起草。
斉昭の謹慎で幽閉されるも斉昭の幕政参加に伴い海防掛などを務める。その思想は尊皇攘夷運動に大きな影響を与えた。
安政の大地震で圧死。享年五十。
声に出して読みたい「志士の言葉」 斉藤孝 著
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