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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
1403
:
うのはな
:2013/06/04(火) 18:26:19 ID:IevZej5M
● ダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)
「日本の潜在労働者は、量においても質においても、私がこれまで知っている中の最も立派なものの一つである。
しかし、彼らは労働力はあっても生産の基礎素材を持たない。日本には蚕のほかに取り立てていうべきものは何もないのだ。
日本人は、もし、原材料供給が断たれ(経済封鎖され)たら一千万から一千二百万が失業するのではないかと恐れていた。
それ故に、日本が第二次世界大戦に赴いた目的は、そのほとんどが、安全保障のためであった」
(一九五一年五月三日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会における発言)
● ジョイス・C・レブラ女史(アメリカ、コロラド大学歴史学部教授)
「大東亜戦争下、アジア諸国に進駐して行なった日本軍政の最大の特徴の一つは、
各国の青年を教育し、組織し、独立精神を振起した点にある。その遺産は戦後もさまざまな形で
生き続けている。日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた。
今や真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの
可能性として浮かび上がってきたのである。
民族主義者は、日本占領期間中に(日本軍により)身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の
植民地復帰に対抗した。そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったと
いうことをイギリス・オランダは戦後になって思い知ることになるのである。(中略)
さらに日本は独立運動を力づけ、民族主義者に武器を与えた。日本軍敗走の跡には、二度と外国支配は許すまいという自信と、
その自信を裏付ける手段とが残ったのである。
東南アジアの人間は今や武器を手にし、訓練を積んでおり、政治力、組織力を身につけ、独立を求める牢固たる意志に支えられていた」
(『東南アジアの開放と日本の遺産』 秀英書房刊 )
『学校では決して教えなかった!!日本人の誇りと自信を取り戻す33話』 徳永圀典 著
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