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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4
1327
:
訊けに訊けという人
:2013/05/15(水) 09:37:10 ID:???
運動を定義しませんか (2393)
日時:2011年06月03日 (金) 07時47分
名前:「訊け」管理人
合掌、ありがとうございます。諸賢に於かれましては益々ご壮健のこととお慶び申し上げます。
さて冒頭にて、「本運動(?)の定義確認」を行ないたく以下駄文投稿に及びましたこと、述べさせて頂きます。信仰歴で云えば五歳児の身でありまして、生長の家の〝大人〟の苦労(=団体当事者各位のご苦労)を知らぬ身ではありますが、御一瞥賜わりますと幸いです。とは申せ、長々と述べるのも無為かと思われますので、結論から申し述べます。
愚生が考える本運動――谷口雅春先生の御教えを引き継ぐ――の定義でありますけれども、それは、
● 『生命の實相』の広域流布
と云う、ただこれだけの一文に集約されるものではなかろうかと、思うのであります。
つまり、暴論の謗りを免れぬかもしれぬが「原宿本部がどう」とか「現総裁がどう」とか、そのような問題は些事に過ぎぬのではないかと、こう愚考する次第なのであります。そしてこれが、今回駄文の主張概要となる次第であります。
そうしますと「ああこれだから、五歳児は困る」・・・そんな話も聞えてきそうです。それでは以下で「仮に」の話を致しましょう。
仮に、ではありますが仮に、政争に勝利し新総裁が誕生し、そして原宿本部が理想的に改善されたと致しましょう。しかしそれだけでは即、政争勝利が谷口雅春先生の御教えを引き継ぐこと(本流復活)とはならぬと思うのです。組織改善がいかに進もうとも、それでも尚『生命の實相』を手に取る同胞が少数派である限り、その状況は「谷口雅春先生の理想とは程遠いもの」という意味になります。
会社経営に喩えれば「なんとか良識派が、経営主導権を握った」のだが、政争に明け暮れていたため「営業担当が育っていない状態」に該当せぬかと思います。そして、営業ノウハウが蓄積されておらず、製品拡販不能となればその組織は早晩、「資金ショートして倒産しました」と云うことになるでしょう。そう思うのであります。(「政争に意味はない」とまでは申さぬにせよ、営業担当――ここでは一流の伝道者――が育っていない状況は、政争現況以上に憂慮すべきでは?という意味です)
つまり結論を急げば、「我々は今すぐ、『生命の實相』の広域流布に挺身しよう」という一文が、私見となるでしょうか。
原宿云々の組織改善話をスキップしようとも、『生命の實相』が広域流布されればそれで、本来の目的は達成されるのではありませんか。それならば今こそマザーテレサの言葉――「平和運動ならば喜んで参加します。しかし反戦運動に意味があるのでしょうか」――を想起しつつ、各々が自分の持ち場で『生命の實相』の広域流布を行なうべきではないでしょうか。そしてそれこそが、本流復活という目標に於いて「最高の戦術」と成るのではないでしょうか。
繰り返しになりますが、『生命の實相』の広域流布こそが「本流の復活と云えぬか?」と思う次第。諸賢よりの意見を待ちたいと思います。
再拝
追伸
まあしかし、この『生命の實相』の広域流布ですが・・・茨の道となるでしょう。十中八、九は傷つくこととなるでしょうし、「ああこれならば、雅宣総裁を撃ってる方がラクだった」となる方も、出てこられると思います。しかしそれでも・・・クドクドは述べませんが、「本流の復活、とは?」を一度皆さんで、定義する必要がありはせぬでしょうか?そう思えてならぬ次第です。同時に、改善とか革命は「〝活劇〟にあらず」でありましょうし「これらは実務なり」とも、申し上げたくなる次第です。
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