[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
3901-
4001-
4101-
4201-
4301-
4401-
4501-
4601-
4701-
4801-
4901-
5001-
5101-
5201-
5301-
5401-
5501-
5601-
5701-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
組織 板
771
:
「訊け」管理人
:2012/05/08(火) 14:59:57 ID:???
>志音さま
>金木犀さま
返信をありがとうございます。
さて、復興Gさまが登場くださいました。ですのでやり取りの錯綜回避のため現時点、わたしからの返信(横槍)は控えます。ただし、「わたしの主張は要するに、こういうことなんですよ」――これを示すのに適当な一文がございました。ゆえに以下謹写・投稿させて頂きます。出典は『希望を叶える365章』この8頁よりの謹写です。ご高覧ください。「なんで訊けはいつも〝悪に抗するなかれ〟なんて(生意気な)こと言うの!?」その理由は・・・
『希望を叶える365章』8頁より謹写――
あまりに現象の問題にひっかかって、それを把(つか)み過ぎているときには、その問題解決の神の智慧が天降って来つつあっても、その「把(つか)み過ぎ」のその心が、神の智慧が意識面にあらわれて来る通路を堰きとめて、問題が却って解決しない事があるのである。一所懸命に「引越して行く家を見つけさせて下さい」と祈っても家はみつからない。その時に、その一所懸命の〝把み過ぎの心〟を、しばらく休ませて、心をユッタリして家族全体でピクニックに出掛けて行ったら、ピクニックに行く途中に一軒の空き家を発見し、それが恰度自分の求めていた間取りの家だったと云うような体験談もある。
電気関係の最大の発明家だったトーマス・エディソンは、解決できない問題に面したときには十五分間乃至二十分間、身体をベッドの上に休ませて全然その問題から心を放ち、問題自身の動きにまかせ切る気になったとき、次の新しき智慧が湧いて出て来たと云う。自力で力むとき神からの通路を堰きとめ、心を放下して、何もつかまなくなるとき神の智慧が流れ入るのである。
<補足・余談>
・・・わたしはなにも、頭デッカチのところから(たとえば)吉田國太郎先生のご文章、これを引用したのではございません。わたしは現実面で機能せぬ考え、これは非常に忌み嫌うところの事業経営者であります。
わたしはけっこう、真顔で述べております。「悪に抗する」「とらわれる」――そんなときに採用した行動はことごとく、機能することはありません。まあそこそこの、強烈な「体験に基づくところの主張である」、この点だけでも現時点でご確認くださいましたら幸いでございます。(いや、私が「頭デッカチ」とか、そのようなご主張はなかったとは申せ)
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板