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組織 板
1330
:
さくら
:2013/01/15(火) 15:50:32 ID:LeI7UqPY
(つづき)
先日、『マールンキヤ経』という仏教のお経について、
お釈迦様が、毒矢に刺さった人には、理屈より「まず、毒矢を抜け」と言われたという箇所を読みました。
宗教の救済活動も、その点がまず大切なのかな、とかんじます。
個人の悩みや苦しみを、まず取り除くようなことです。
また別のところでは、仏教とは「第二の矢を受けない」という教えでもあるそうで。
これは、順々に、なぜ「矢が刺さってしまったのか…」という…たとえば、因果の法則や生長の家でいう心の法則などを正しく知ることが大切だということだと思います。
そして、みすはなまる様が谷口雅春先生御著書「第二青年の書」を謹写して下さいましたところのように、これを入り口として、
神の子の自覚に基づいた運動をするよう、「育てていく」というようなことが、組織には必要なのではないか改めて思います。
>>この生長の家の運動は、日本の使命実相を明かににして、人類を本当の平和に導いて行くところの根本自覚を日本国民に興えるために神様が地上に下された運動でありますから、ただ単に病気が治ったら、病院を退院するのと同じように生長の家をやめるのでは生長の家出現目的から外れているのであります。
病気も無論治ります。しかしそれは信仰の出口ではなく、入口なのであります。この運動を次から次へと伝えて、日本の使命を自覚せしめることが必要なのであります。
この生長の家によって少しでもおかげを受けた人、物質的なおかげは受けないでもお心の眼が開いた人は、ことごとくこの生長の家の運動を、そういう国家的な運動に、人類的な運動に結びつけて、生長の家発祥の人類救済の根本目標に近づいて行かなければならないのであります。>>
いまの運動は、宗教として個人救済の「入り口」も、
神の子の本質的な教えの「中心」も、疎かにしていると、やはり思われるのです。
だから、いまの教えが、虚説や邪教などとは決していいませんが、
でも、やはり生長の家の教えの本質が抜けているということだということには賛成です。
宗教として、また生長の家の出現の使命としての役割を果たしてないと思われるということです。
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