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本流対策室 板

786役行者:2011/11/27(日) 15:26:33 ID:KgDZRj9U

 初心者さま


>生長の家は何をなそうとしているのか。これを簡潔 かつ明瞭に語ることができない かぎり、教義の絶対化、イデオロギー化は何度でも 反復されると、わたくしは考え ます。<

 ごもっともで、同意いたします。安易な和解は、大きく云えば人類のためにならないと存じます。


 >総裁先生は、これまでも、そしてこれからも続くで あろう、教義の絶対化 イデオロギー化を阻止し、排除されつづけられるで あろうと、わたくしは考えて おります。<


 それはアッパレな覚悟と存じます。
 そのためにも、生長の家は何をなそうとしているか?を具体的に、より明らかにしてゆくことが必要かと存じます。


>「懺悔の要求」とはつまり、過去 において、教義の絶対化 イデオロギー化を阻止しつつげてきたことにたいし て、その過ちを認めて謝罪し、 これからふたたび同じような過ちをくり返さないこ とを約束させることであると 考えております。こうした、一方的な「懺悔の要 求」がなされているということを とりあえずはここで述べておくことにいたします。<

 了解いたしました。
 たとえば、十代の幼い感性であるが故にかも知れませんが、生長の家の政治連合が勝共連合とともに活動しているらしき光景を見たときは、違和感を感じました。
 直感的に嫌だったのです。
 目的には大義名分があるのですが、手段にいやらしさを感じたのは事実です。幼かったからなのかも知れませんが・・・


 中世キリスト教がしてきた数々の過ちを現代のローマ法王は懺悔し始めてきました。
 その過ちに比べれば、かすり傷程度だとは思いますが、傷は浅いうちに治しておけ!の教訓に従うと、確かに今の段階での懺悔は必要かと存じます。
 そのためにも、生長の家はなにをどうのような手段でなそうと試みているのか?
 同じテーブルにつき、話し合いを重ねる必要性はあるかと存じます。

          合掌


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