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本流対策室 板

641初心者:2011/11/18(金) 09:01:02 ID:X1fDhvjY
「和解」という言葉が、しきりに語られておりますが、これはシニフィアンでしかありません。

ことの発端は、教義の絶対化とイデオロギー化にあります。総裁先生は、教義の
絶対化とイデオロギー化を嫌われ、教団からの排除を、おそらく試みてこられたので
ありましょう。

「和解」とは何か、これをひと言でいえば、総裁先生に、教義の絶対化とイデオロギー
化を認めさせる、ということなのですね。総裁先生が、教義の絶対化とイデオロギー
化をお認めにならないかぎり、和解が成立することはないということであります。

わたくしはこちらで、「生長の家は何をなそうとしているのか」ということを、みなさま方
にたずねてまいりました。たずねた理由は、答えを知りたいのではなく、誰も答えられ
ない、ということを証明するためでありました。

証明はなされたということにいたします。「生長の家は何をなそうとしているのか」、
誰も答えられないということがはっきりいたしました。そしてわたくしは、かねてより、
教義の絶対化、イデオロギー化は、「彼らは生長の家が何をなそうとしているのかを
知らない。しかし、彼らは生長の家をやっている」ことによって実現される、ということ
を、こちらで述べてまいりました。これについても、ほぼ立証されたと考えさせていた
だくことにいたします。

総裁先生は、このようにして実現されてきた教義の絶対化、イデオロギー化を憂慮
され、その排除を試みてこられたのであります。ここで和解となれば、それは、教義の
絶対化とイデオロギー化の温存を総裁先生に要求し、それを認めさせるということに
なるのであります。総裁先生は、教義の絶対化とイデオロギー化を排除しつづけて
こられた、まさにその行為そのものを懺悔しなくてはならない、ということになるので
あります。

「和解」はシニフィアンでしかありません。それは、和解の真の意味が、総裁先生に
教義の絶対化とイデオロギー化を認めさせることである、という事実を覆い隠すため
のシニフィアンであります。


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