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本流対策室 板
536
:
初心者
:2011/11/13(日) 11:05:26 ID:X1fDhvjY
山ちゃん1952様
ご丁寧な回答をしていただき、ありかどうございました。ご回答のなかで、「天皇信仰
を教義の根本としている宗教」とありますが、あるべき「天皇信仰」とは、はたして
どのようなものでありましょうか。
わたくしはこちらで、自然状態から文化的状態へのひきこもり、ということを申し述べ
させていただいておりますが、これは、言葉を変えていえば、イメージ優先の右脳意
識から、言語優先の左脳意識への移行という言葉で説明できるかと考えます。
そこで、ほんらいあるべき「天皇信仰」ということになるのでありますが、これは右脳
意識にもとづく、つまりは「個我」というものを持たない状態での、天皇にたいする
畏敬の念や畏怖の情、あるいは、自然にあるがままの絶対的帰依の意識という
ものではないかと考えるのでありますが、生長の家でこれまで語られてきた「天皇
信仰」とは、左脳意識にもとづく言語的表現であり、それは、とりもなおさず、意味の
感覚を生成するシニフィアンの連鎖であり、その暴走でもあったのではないかと、この
ように考察する次第であります。
シニフィアンの暴走の結果として、「天皇信仰イデオロギー」が生み出されたと、この
ようにおもわれてならないのであります。みなさま方の「天皇信仰」にまつわるご発言
を聞いておりますと、もちいられる表現は、その多くが扇情的な文言であり、脳内物質
の分泌につながるがごとき、心情的な表現が過剰にもちいられているという気がして
ならないのであります。
これはたとえば、「天皇国日本の実相顕現」という言葉が、それがどのような状態で
あるのかという具体的なイメージを喚起させるのではなく、こうした言語的表現を
もちいることが、脳内物質を大量に分泌せしめ、その効果により、いかにも
「天皇国本」がすぐそこにでもあるという感覚を生ぜしめているだけであるように
おもわれてならないのであります。
「天皇信仰を言ってはならない」というのは、脳内意識の分泌による意識の高揚感
を、これまでのように継続させてはならない、ということであろうかと、わたくしは考え
ます。脳内物質の分泌によって維持される「天皇信仰」がほんものの信仰である
はずがありません。ほんらいの「天皇信仰」、それは右脳意識にもとづく信仰で
あるとわたくしは考えますが、そうした信仰へと回帰するために、その過渡期的
処置として、言語的表現による「天皇信仰イデオロギー」を一時的に抑制する
というのが、もしも「天皇信仰を言ってはならない」とする体制が、じっさいにしかれて
いるのであれば、これが総裁先生のご意思ではないかと考える次第であります。
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