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本流対策室 板

425さくら:2011/11/10(木) 06:35:14 ID:T/77sMGw
元職員さま

カルトの体験は、本人しか知りえない特殊な苦しい心理状態がありますが、
私に対してもご理解を示して下さる愛深いお言葉から、
元職員さまが、ご友人の体験に、心寄り添ってこられた様子を、垣間見るようでございます。
カルト信者に向き合うなんて、正直しんどいことで、
愛情がなくては、なかなか出来ないことだと思っています。
元職員さまの御理解に対して(私が言うのもなんですが)有り難い思いがいたします。

私も、カルトの体験から、自分なりに学んだことがあり、今は、感謝しています。
元職員さまが、
>私はどんな宗教であってもどんな美しい論理であっても、それを組織として実現するさまざまな過程において常に「検証」が必要であると思っています。客観的にその活動によって誰かが辛い思い悲しい思いをしていないか、その活動は社会的な合意や内部の人の合意をある程度受けているか・・・などです。

このようにご指摘されるように、
私も宗教が組織になる過程においての、組織のの体質や、組織の論理の形成、というものに私なりに疑問を感じており、
ぞの改善は、どのように為されるべきなのかに、興味を持っておりました。

この組織への不信感は、雅宣総裁ご指導の今の組織にも、身をもって感じるのは、
一信徒でも、同じです。

なぜ、このような状態がもたらされることになったのか、
それは、雅宣総裁だけの原因なのか、
この状態を形成するまでに、今までの本部の体質は、原因になかったか、
正直そのような疑問もあります。
本部の複雑な人間関係の軋轢は、一信徒には知り得ませんが、
感情の問題からくる隔たりも、大きいように感じます。

私は、信徒としてこうした違和感があったからこそ、
雅宣総裁の環境問題偏った、また、愛国の精神を排除するような方針や、
これまでのやり方が意図することは何なのか知りたい、
その理由が大きくて、総裁の発言や御著書を読みました。
雅宣派だから、ではありません、笑。

総裁の方向性には、私なりには、ある理解にいたりましたが、
ただ、それをどのような運動にしていくかは、今の組織での展開では、難しいと感じています。
これから、生長の家としてどのような活動の可能性があるか、
信仰をもつものは、1人1人が考えて行動していく必要があると、思っております。


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