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本流対策室 板

1928トキ:2012/03/06(火) 19:33:17 ID:A.y/912c
rei様

 ご投稿、ありがとうございました。

 例えば、習字教室で、墨をするところから練習を始めるところもあります。その意義
は、習字の目的は書を通じての人格形成であり、墨をすることも一つの修行である、という
立場をとるみたいです。単に字を上手く書きたいだけなら、墨汁を買って来て使えばいいの
ですから、無駄な時間なんですが、道具の扱いの心構えを考える意味では、墨をするのも意義
がある、という話なんです。つまり、一見不合理な部分や理解できないしきたりも、実は、それ
なりの根拠がある、という話なんです。

 生長の家の活動というのは、活動自体が目的という部分もありますが、やはりこれがある種
の人格形成の場であったのも否定できないと思うのです。ところが、だんだんと組織化すると、
そういう部分を否定し、組織、これははっきり言って本部ですが、組織の都合のよい活動を
強要する傾向がどんどんと強まりました。

 だから、書道で言うと、人格形成ではなくて、字が上手くなるのが目的だと言い出すと、やはり
面白くないですし、生長の家の活動も、人間味を喪失し、絵手紙やノーミート(もっとも、最近、
逆に反発して肉を食べる人が信徒の間に増えたような気がします)ばかりすると、面白くないです。

 これが、最近の生長の家がおかしくなった背景の一つだと思っています。

 で、信徒はどうあるべきか、というと、釈尊が「自灯明、法灯明」(みずからをよりどころとし、
教えをよりどころ、としなさい)という話になると思います。

合掌 ありがとうございます


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