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本流対策室 板

1562志恩:2012/01/27(金) 12:21:04 ID:.QY5jUA6
あと、大事なこと、言い忘れました。お二人の類似点は、§ 現教団・断固支持。§ 森のオフィス・絶対支持。という重要項目がありました。 
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この掲示板に「トーキングスティックボード」板があるのですが、
その601,604あたりで、
初心者様と ももんが様が、神想観のことで、ガチンコしている場面があります。

”神想観を勧めている”ももんが様に対して、、初心者様が、ももんが様に、答えておられる箇所です。書き写します。

604:初心者様 2011,11,06(日)

 ももんが様は、ここで提示されている問題が、すべて「自己の内なる問題である」と考えておられるのでありますね。組織に問題があると見えているのも、
 活動がことごとく失敗に終わったと見えているのも、すべてが「自己の内なる問題」とかんがえておられるのですね。
  〜中略〜
 たとえ神想観で問題を解決しえたとしても、それもまた「自己の内なる問題」でしかありません。たとえどんなに神想観をつづけようとも、「自己の内なる
 問題」を出て客観的世界とつながることはできない。これが「ソシュールの関門」ということになるのであります。

 ももんが様がいっておられるように、すべては「自己の内なる問題」であります。
 そして、たとえ神想観によって何かが変わり、何かが解決されたとしても、それもまた「自己の内なる問題」の域を出ることはなく、それは客観的世界とは
 まったく無関係の、ただ「自己の内なるささやかな問題」でしかないということになるのであります。

 どうか神想観をおつづけになってください。自己の内なるささやかな問題のために。

601:初心者様 2011,11,06

 おもえば、生長の家の運動は、神想観と実相知と、そして神によってなされてきたのであります。
 その、神想観によってなされたはずの運動が、失敗につぐ失敗という現実となってあらわれてきたのでありますね。
 それはなぜなのか、問題点はどこにあったのか。それをこの場で考えようとしているところでありますが、
 「理屈ではない、神想観せよ」との回答が与えられました。

 こうした回答が与えられるところに宗教の本質があるようにおもいます。神想観による失敗を神想観で解決する。こうした
 無限後退のループを温存させることで、問題の解決を永遠に先送りできるというのが、宗教の宗教たるゆえんであるような
 気がいたします。


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