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本流対策室 板
1006
:
志恩
:2011/12/12(月) 07:37:56 ID:psrFh/ZU
ももんがさま
ご両親は、仲良しでいらしたそうで、それはすばらしいことですね。お父様は、浅沼社会党委員長とも会話が出来たと言いますと、どちらかというと、自民党より
社会党を支持されておられたお方だったのでしょうか。
日本社会党の委員長だった浅沼稲次郎が、日比谷公会堂で演説中、17歳の右翼少年、山口おとやに、短刀でさされ、暗殺されたのは、
1960年(S35年)10月。その直後
山口少年は、鑑別所か少年院に投獄され、「七生報国」という字を歯磨き粉で壁に書き、自決したことは、大ニュースになりましたから、よく記憶しています。
山口少年は、生長の家の本は読んだことがあったようですが、信徒では、ありませんでした。
それにしても、浅沼氏が、天皇を崇拝していたなんて、初耳です。
当時、浅沼氏は、中国人を「友人のみなさま」と呼び、中国や共産主義国のたいへんな崇拝者として有名で、「米帝国主義は日中共同の敵である」を大スローガンに全国運動を展開していました。
日本全国を赤化しようと、懸命だったのです。
私は、当時生長の家生高連の東京都副委員長をしていて、その反対の運動をしていましたから、特に記憶に残っています。
でも、社会党とか共産党の人たちは、身近な人たちを、すごく可愛がり大事にしていたと聞いていましたから、ももんがさまのお父様の言われたいたように、
人間的には、質素で情も厚く、愛すべき人だったのだと思います。
私は、落語もすきというか、私は「志ん生」がいちばんすきなのです。「小さん」もすきです。
落語のCDも数多く持ってて、たまにかけてます。
立川談志は、天才と、生きてる時から言われていましたね。彼のことは、あまりすきでなかったけれど、彼のいいときの「芝浜」を、先日テレビで
放映したので聴いてみましたが、すごい、やっぱり天才だった、と見直した所です。
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