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女子会 板
255
:
a hope
:2011/09/28(水) 23:00:07 ID:MNrNIsM2
(つづき)
それから、さくらさまは「放つ愛」や、「自他一体」についても、お話されていますね。
>また、愛ゆえに批難する、愛ゆえに正しくあってほしい、直してほしい、分かってほしい、
これも、一つ、愛のカタチといえるかもしれません、しかし、このような愛というのはどこからくるのかについては、
私には、疑問が残ります。<
わたしも、さくらさまと同じ気持ちです。
以前、わたしが、本流掲示板で先輩方に、
「子どもが、いじめをしているのを見て、その行為の間違いを正そうとするような、
そんな気持ちで先輩方は、雅宣先生のことを、批判されているのですよね?」
「雅宣先生の実相は、本当はそんな醜いものではない!という、そういう思いから、
雅宣先生の行いを正そうとしていらっしゃるのですよね?」
というような質問をしたことがあります。
それは、わたし自身が、自分の子どもがいじめをしていた経験から、
勝手にそう思い込んでいたのです。
でも、なんだか、最近はそう思わないんですよ。
あの、いじめをしていたわが子の姿は、実はわたしそのものだったのではないか...
そんな風に思うようになったんです。
わたしの中に、他者をいじめたい心があったのではないかと...
だから、その自分の醜い心をわが子のなかに見てしまった。
その醜さに耐えられなくて、泣きながらとりみだし、子どもを怒ったのではないか...
そんな風に、感じています。
だって、自分のなかにそういう心がなかったら、あなに、とりみださなかったと思うし、
だいたい、現象としても自分の目の前に、そんなこと(わが子のいじめ)が現れる訳がかかったと思うからです。
(つづく)
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