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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

952トキ:2011/07/25(月) 16:43:42
初心者様

 ご丁寧な投稿に深く感謝申し上げます。

 初心者様の投稿には関係しないですが、本流掲示板で「破邪顕正」さんが、「何故、組織を辞められないのか?」
というご文章を投稿されています。実際、教区レベルになると、教義よりも人間関係が重きを占めるのは仕方がない
点はあります。

 教区レベルで言うと、現在の本部の方針には、強い違和感を大半の人が持っています。総裁の「環境の家」方針を
そのまま信じている人は少ないです。神奈川教区の堀先生ですら、榎本先生を引き合いに出した上で、総裁の方針を
支持しています。こういう不健康な方針を何故、とっているのかは本流派が言うような簡単なものではないです。

 例えば、生長の家に入信した人が地方講師になるまでには、やはり先輩とか先達のお世話にはずいぶんとなります。
逆に、自分がある程度の活動歴が出来ると、後進の指導に当たる様になります。そこで、一人の後進の指導をすると
なると、何回もその人の家に行き、誌友会をするとなると時間をさいて出席して手を取り足を取り活動指導をします。
それが何年にもなると、人間ですから、やはり友情とか信頼関係が出来ます。こういう濃密な人間関係が周囲に出来
ると、なかなかそれを破壊しようという気持ちにはなりません。中には、こういう濃い人間関係が嫌で組織には入ら
ない人もいますが、どちらかと言うと少数でしょう。森田=安東先生グループになると、こういう濃密な人間関係で
形成された集団だと言えます。教区は、こういう人達から形成された「部分社会」であると言えるでしょう。

 もう一つ、生長の家はある種の「部分社会」ですが、教区は、その生長の家の中に有る「部分社会」です。ですから
本部の方針とか指事がそのまま適用される訳ではないです。ただ、「本年と建前」を使い分け、本部に伝える情報と
現場でしている現実は違うとは言えるでしょう。教区という「部分社会」から見たら、「原宿教団」も「外部」です
が、「学ぶ会」も外部なのです。

 英語の諺に「知った悪魔にくっついて行った方がまし」というのがあります。つまり、不愉快な相手でも、付き合い
方がわかっているのなら、未知の相手よりは安全だ、というものです。同じ「外部」でも「学ぶ会」という未知数の
「悪魔」に付き合うよりは、「本部」という事情を知った「悪魔」と付き合うほうがマシだ、というのが教区幹部の
感想だと思います。

 なお、これは私の個人的な感想ですから、一般化するのは適当ではないかもしれません。
また、他の教区の方も、どんどん、ご投稿をお願い申し上げます。

合掌 ありがとうございます


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