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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

431うのはな:2011/07/13(水) 04:14:43

 以前の夏入院していた頃は、大論争でも本流でも愛国青年だとかセイロガン
 トウイ学会員とかにひどいことを書き続けられて精神的にも疲労しましたが、
 病院のおしゃべり仲間や白鳩会の知人からは癒されました。
 仲間のおじさんの奥さんが末期ガンで近日中に皆お見舞いに、というとき、
 わたしはおじさんに聖経をあげさしてもらいたいというと、「仕事をくれると
 いわれて創価学会に入ったところで、もともと信仰がないから遠慮する」と
 いわれました。おじさんが自宅でひとり看病している中で学会の人達が交代で
 様子を見に来てくれるので、そういう縁で入信したと話していました。
 テレビで子供がお年寄りにしてあげたいことは、お菓子やおいしい食べ物を
 贈るが一位だけど、お年寄りは電話とか手紙などの交流が一位だと観ました
 そういう創価学会の人達がしているようなことを白鳩会の人達も長年やり続けて
 来られたのです。
 聖経本だけベットに置いて自宅に戻った私をおじさんは病院中探し回ったといいます。
 その晩、意識不明の奥さんに「痛くないか?」と声をかけると奥さんが
「う〜んん」と声を発したのに驚いてナースステーションに知らせに行ったそうです。
 わたしにも喜んで「奇蹟がおこるかな?」と話してましたが、ガンの人は
 死期の前に急に元気になったりするものなので、私は複雑な気持ちでした。
 胆石もよくよくの場合で無い限り、医療技術で除去できると思います。
 雅春先生のお力に頼らなくても。
 そんなことより、将来のために、同じ年くらいでも私は人を集められないので、、と
 いう人と、誌友数を増やす人はどうちがうのか、真理の言葉やお仕着せの
 スローガンの連発に埋もれる前に考えてみたいと思います。


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