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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

396志恩:2011/07/10(日) 22:18:35
雅春先生時代の本部には、他にも大物の、ほんもののの本部講師がたくさんおられまして、(現在もおられますが)講師の皆様も職員の皆様も、全員が、雅春先生・輝子先生のこと、心の底から信頼し、
だいすきでした。こころに喜びがあるので皆さん、いきいきと命がけで取り組んでおられました。お給料は少ないでしたが、魂のよろこびは、多かった。
ご普段におめにかかる雅春先生も輝子先生も,たいへん神々しいお方でした。誰もが認めることです。

雅春先生は、信徒をよろこばせることもお上手で、無料で2時間たっぷり総裁先生と直々に質疑応答出来る機会を,月2回本部で設けておられました。
タダということもあり毎回、入りきれないほど300人を超える参加者がありました。
こういう地道なサービス精神も,信徒の増加につながっていったのではないでしょうか。
無私でおられて人類を幸福へ導かせていただきたいという強いご愛念の賜物だったと存じます。
輝子先生は、本部の女子職員をお山に、月1回招かれて、やはり2時間のお話し合いがあり、家族のようにあたたかい交流の場をもたれていたようです。

生長の家発展のために企画局局長であられた山口悌治先生は、先生を中心に、企画局員・各神誌の編集長、共同通信の幹部達など、(みなさんご自分達で会費を払いながら)月1に集い、
生長の家以外の単行本をテキストに、
現在の世の中のこと、これからのことについて熱心に勉強会をひらいておられました。その参加者のなかに、今の学ぶ会会長の中島様もおられました。日本教文社の編集者のお一人でしたから。
私より,ずう〜っと年上のお方ですが,無口でまじめな印象をうけました。
当時は、平日でも,廊下も道場も食堂も,人であふれていて、笑い声がたえませんでしたが、
数年前に,平日に本部へいきましたら、深閑としていて、廊下を歩いているのは,私一人で。ちょっと,寂しくなりました。

雅春先生のおひとりの人間としての「徳」は、外部の信徒だけでなく、謙虚でいらして身近な人々へも、やさしさが、たくさんおありになったからかなあと思います。
徳は、愛行ももちろんですが、身近の人々にやさしく愛深くすることの小さな積み重ねで、つみかさなっていくそうですね。

中心に「徳」の高いお方がおられると、人々も自然に集まるのではないでしょうか。


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