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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

273うのはな:2011/07/05(火) 15:54:27

いつも砕けすぎてるから、真面目な話を写します。

 <余命一週間のつもりで暮らす>

 もしあなたが余命一週間のつもりで暮らすことに挑戦すれば、あらゆる
 種類の抑圧された願望が浮上してくるかもしれない。
 そして、あなたはずっとこうしようと胸に秘めていたすべてのことをしたいと
 思うかもしれない。あなたはそれらをしたほうがいいと思うだろうが、しても
 解決しないことにすぐ気づくだろう。

 真の人生経験を妨げているのは、人生から何かを得ようとするあなたの
 欲張りな気持ちであることを理解してほしい。
 人生とはあなたが得る何かではない。
 あなたが経験する何かである。
 人生は、あなたがいてもいなくても存在する。
 そうして長い間つづいてきたのだ。
 あなたはそれのほんの薄い一片を見る名誉を授かっているだけである。
 もし何かを得ることに忙しくしていれば、実際に経験しているその一片
 すらも見逃してしまうだろう。人生の経験はどれ一つとして同じではない。
 すべての経験はする価値がある。人生は無駄にするものではない。
 貴重なものだ。死が偉大な教師であるのはそのためだ。
 人生を貴重なものにするのは死である。
 余命一週間しかないと思うといかに人生が貴重なものになるか、それを想像
 してもらいたい。
 死のようなものが存在しなかったら、果たして人生は貴重だといえるだろうか?
 人生が果てしなくつづくと思えば、一瞬一瞬を無駄に過ごすことになるだろう。
 物を貴重にするのは、乏しさなのだ。
 石っころを珍しい宝石にするのは希少性なのだ。


「いま、目覚めゆくあなたへ」 マイケル・A・シンガー 著 風雲舎 刊


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