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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
214
:
現職員、妻
:2011/06/30(木) 16:52:43
トキ様、ありがとうございます。
雅春先生から直接ご指導の経験をお聞きするのは、
経験していない者には、恵み、です。
(それを知るが故の今との更なる格差を感じるお心、お察しします)
雅春先生の実相直視の霊力は、
接する人全ての実相を現すほどのもの、だったのでしょうね。
今こそ、聖典から学ぶ、心に響きます。
>私は、現実的なことで、悪いことは悪いということも、1つの光明思想だと思っています。
信仰の大先輩と思われます木綿豆腐様のお言葉は、つくづくと思います。
生長の家では組織の中で「犯罪」を犯した人間をどうするか(物騒な話ですみません)
活動した初期の頃に身近な体験的課題として与えられたことがありました。
罪を犯したといえ、大切な方の実相をそれこそ夢中で祈りながら、社会的な制裁を受けたのちには、その上で必ず信じて待っていよう、と私は思ってました。社会的にも罪を償って欲しいと思ったのは、その方に対する愛情だと思ってましたから。
でも結論を言えば、その時、明らかに組織の事情で、
隠蔽…というか、事なかれ主義に流れてしまって…。
その後にその方と話した時、
この人は、本当に生まれ変わる機会があったのにそれを逃してしまったのではないか…
という感じを免れなかったんですよね。
誰が悪いとか責める気持ちはないですし、
私が真理を体得していないから感じることかもしれませんが、
でもまあ事件とまでいかなくてもこういうことはそれ以後も色々と感じたところで、
組織の体質として問題はないか…どうしても受け入れないものを感じてしまってました。
その時は、「組織の良心」と自分の良心との葛藤、宗教的許しと社会的な制裁、人の現象的悪を裁くことは、悪なのか、
若かったし、色々矛盾がありました。
生長の家は「特殊な部分社会の特殊な法理」に従うみたいな教えではないですよね、
…でも感じてしまうことがあります。
前にトキ様の知人の方が、総裁が変わる度方針が変わる組織なんて信じられないと
言われ職をお断りしたことは、賢明な判断だと思います。
どんなところでも組織に属せば、止むに止まれぬこともあるのは分かりますが、
今の組織の体質が、一部、悪いものを悪いと言えない、
閉じられた世界をつくってはいないかと。
(トキ様のお母様のお言葉が、うちの母が言ってたことと同じようなのと、
義春様の感覚がよく理解できたので、ちょっと笑えました)
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