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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
206
:
トキ
:2011/06/29(水) 19:23:40
私の母親は、谷口雅春先生のご先導で「神想観」をした経験が何度かあります。
で、母親の体験では、「招神歌」が始まって、しばらくすると、もうすごい波動を感じて、奇跡としか説明の出来ない状況が始まったらしいです。これは、母親だけでなく、その場にいた多くの人が経験をしたみたいです。谷口雅春先生のご実父の谷口音吉様も超能力の持ち主だったと聞いています。つまり、生長の家の教義はすごいのですが、同時に谷口雅春先生というのは、そういう尋常ならざる能力をお持ちで、かつ、おそらく指導霊も想像もできない力を持っておられたと思うのです。この指導霊が、そのまま生長の家という組織の指導霊でもあったのです。
だから、谷口雅春先生がご存命の時は、「生長の家」という組織を何の疑いもなく信用できたし、組織に忠誠を誓う発想をしても、そのまま、谷口雅春先生の存在そのものが「重し」になっていたから、別に問題が生じなかったのですね。
でも、同じ事を、それ以降の総裁に期待するのは、失礼ですが、無理なんです。
実際、母親などは、今、講習会で「神想観」実修を受けても、 「何も感じない」と言って、さっさと帰ってきます。
これは、2代目や3代目がどうの、こうの、ではなく、やはり初代が偉大すぎるのです。ところが、生長の家「教団」では、やはり組織体を維持する為には、「2代目や3代目も初代と同じぐらい偉大だ」という建前を堅持せざるを得ない。おそらく、現在の総裁でもそんな事は考えていないでしょう。3代目が、どんなに評判が悪くても、総本山を「聖地ではない」とか、言っても、とにかく、谷口雅宣先生は、谷口雅春先生と同じぐらいに偉大でないと、組織が維持できないと考えているのです。このあたりから、生長の家の迷走が始まったような気がします。
しかし、こう書くと、谷口清超先生への評価を否定すると誤解をされては申し訳ないので、ここで付け加えます。私が、谷口清超先生と始めて、まじかでお会いしたのは、もう30年近く前になりますが、感じたのが、すごくご苦労をされている、という印象を持ちました。たいへん責任感の強い先生でしたから、谷口雅春先生の信仰と教団を後世に残そうというお気持ちは片時もお忘れではなかったと拝察します。谷口雅春先生の後継者という難しい立場は普通の人では勤まりません。無私で暖かみのある谷口清超先生だからこそ、あのお役が勤まったのです。私は、谷口雅春先生と同じく、谷口清超先生への尊敬と感謝の念を忘れてはいけないと考えています。
ところで、肝心の谷口雅春先生ご自身は、おそらく、将来、生長の家の迷走が始まる可能性は予見していた節があります。と、言うのは、ある時点から、猛烈な執筆活動を始められたのです。その量も尋常なものではないです。このあたりの動機は推測するしかありませんが、いろいろな情報を総合すると、将来、教えが曲げられる危険が迫った時に、ご自分の文章という形で証拠を遺しておこう、と感じられたのではないか、というのが私の勝手な予測です。
ですから、教団がああいう状態になった今こそ、信徒は、やはり谷口雅春先生の御著書を拝読するべきだと思うのです。ただ、時代が違うのは事実ですから、あのままの事をする訳にはいかない部分はあります。しかし、「もし、谷口雅春先生なら、どうお考えだろうか」という発想で、学ぶのは大切かと思います。ですから、どんどん、谷口雅春先生の御著書を読むべきだと考えるのです。「今こそ、”聖典”から学ぼう」という訳です。
ただ、Amazonを見ても谷口雅春先生の「第2青年の書」などは15000円ですが、「小閑雑観」などは、1円とか24円ですから、この差は一体、何なのだ、とは思ってしまいます。閑話休題。
どうも、エラそうな事を書いて、申し訳ありません。
現職員妻様や義春様の志の高い文章を拝読し、感激のあまり、柄にもなく長文を書きました。お許し下さい。
合掌 ありがとうございます
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