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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1944うのはな:2011/11/07(月) 02:06:06 ID:iM0b0bt6

「ありがとう」を口にすることを実践しているなかでは、前述のような“反応なし”
の人もいるし、なかには、よくない反応や、なんでそんな態度やねん!と怒りたくなるような
態度をする人がいたりもします。

 たとえば、あなたがスーパーのレジでお金を払うときに「ありがとう」と
笑顔で伝えても、ブスッとしているかと思うと、わざわざいやな言葉をはくレジの人や、
タクシーに乗って「お願いします」と丁寧に行き先を告げ、お金を払うときに、
「ありがとう」と感じよく言っていても、乱暴なふるまいの運転手さんがいたり、同居している
おしゅうとめさんに、なにかとねぎらって感謝を示しても、いじわるばかり言われたり・・・。

 そんなときは、「ありがとう」を言いまくっている自分だけが“いい子になる努力”をしていて、
何か辛い気持ちになっている気がしたりするものです。
 そして、「なんで私ばかりが、感謝の気持ちを示して、他の人にこんなふうにされなきゃいけないのだろう」
と、感謝なんて馬鹿らしく感じることもあるでしょう。
 しかし、そうではありません!
そんな中にも感謝に値することはあるのです。

 たとえば、無愛想なスーパーのレジの人が、どんなに愛想が悪くても、あなたの
カゴの中のものをなにひとつ、“間違えずにレジを打ってくれた”としたら、それで
「ありがとう」なのです。
 タクシーの運転手さんが、横柄な態度や乱暴な口を聞いたとしても、あなたがたどり着きたい
場所に“安全に運んでくれた”としたら「ありがとう」なのです。
 また、家の中にいるだけで、人の顔を見たらいじわるしか言わないおしゅうとめさんがいても、
“その人こそが、あなたの愛する人を生んでくれた”のなら、「ありがとう」なのです。

 すべては、あなたの望む目的が立派に叶えられているなら、途中経過のささいなことにすぎない
ということなのです。

 本当に感謝の念を持って「ありがとう」を言う習慣を持つとは、感謝のポイントを
ちゃんと認められるということなのです。
 つまり、誰かの小さな欠点やなにかを、いちいちおおげさにとるのではなく、あなたが
まっとうしたい事項が、ちゃんと成り立つように、守られていたとしたら、すべては感謝に値する
こととして、ありがたいこととして受け取る気持ちを持つことが大切だということなのです。

 こういった感謝のポイントをしっかり理解し、本当に「ありがとう」を口に出し、心の中でも
感謝できるようになると、ほとんど、いやなことなど何もない日ばかりになっていきます!


 佳川奈未 著


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