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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1890トキ:2011/11/03(木) 16:59:34 ID:Z0jXgU8s
 少し追加を書きます。本流復活派の主張の一つに、現在の生長の家が環境問題偏重になっており、信徒から不平が出ている、という
ものがあります。これは正しい指摘です。部内でも、やっていられない、という声は実際によく聞きます。

 かって生長の家が政治活動をしていた時期に、生長の家政治連合というものがありました。この政治活動の評判が悪かったのは、
生長の家が、政治を生長の家政治連合に任せないで、本体である教団自体が政治に深く関わり、信仰団体としての性格が希薄になった
という背景があります。これと同じ事が、現在の環境問題にも言えます。信仰の話を聞きたい、と思って、生長の家の講習会や講演会に
行ったのに、聞かされたのは環境の話題だけだった、というのでは、聴かされた人も御誘いした人からも文句が出るのが当然です。

 これに対して、生長の家では、栄える会、生長の家教職員会、生長の家芸術家連盟などが、一種の外郭団体として存在しております。
現在の教団は、これらは大切な分野ではあるが、信徒が参加するか、どうかは、その人の特性や意思による、としています。そして
これらは、特殊な分野に強く関心を持つ人が集まる組織ですから、参加する人は自発的に活動をするし、その分野に関心のない人は、
参加をしないで済むので、別に不満も生まれない訳です。これは、正しい方針だと感じます。

 環境問題も、正しい事ですが、信徒全員へ参加を強制するのは、大きな間違いです。この点は総裁をはじめ、教団上層部は素直に
認めて欲しいと思います。かって政治運動への参加を強要したといって旧体制を非難する人達が、逆に、環境運動への参加を強制し
ているのですから。

 では、どうすれば良いか? 私は、環境問題も「大切な分野であるが、参加するか、どうかは信徒の意思による」とすべきだと
思います。ですから、環境問題も、外郭団体を作り、そこに任せる、という方針にすべきである、と考えます。このままでは、
生長の家教団自体が、もたない、とひしひしと感じております。

 ご一考下さい。

合掌 ありがとうございます


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