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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1883義春:2011/10/30(日) 12:44:06 ID:iu5Ar./Q
役行者様
 そうですね。文化的状態と言うのは利便性を重んじます。
それは感覚が麻痺する、考えないという事に繋がるかと存じます。
それは確かに、進歩を重視する考えの人達にすれば効率よく物事を進めるという点で、
重要な事でしょう。
 しかしながら、初心者さま、役行者様が仰る様に、これは動物の虐殺です。
アストラル界とは霊界・幽界になろうかと存じますが、このアストラル界に、
人間や動物の魂は長期間滞在すると云われています。このアストラル界には、
虐殺された動物の魂の悲しみ・怒りが充満しているとも感じます。
それが、人間の身体に於いて、癌となったりする事で顕現するとも私は感じます。
確かに、この悪循環を変えるには、ライフスタイルを変えないといけません。
これには言葉ではどうにもなりません・・・行動が変わらないと、アストラル界の破壊は
止まりませんから…行動でしか彼らを救済できません。

 そして、環境づくりですが、私はこう考えてみました。
私は今の教団の現状は僅かにFacebookを於いてのみ知る事ができます。
(ですので、情報量に絶対の不足があるので、見えていない事が大半であると思います。
それをご承知下さい)
それを観るに限り、ノーミートの日を設けられるみたいですね。
それは、確かに良い物だと存じます。
雅春先生のお誕生日にする事への批判もあるようですが、師が目指した事を、
行動で表す事は何よりの敬意の表れだと個人的には感じますが…。

 ただ、私はこうも感じるのです。
この頃の流れを存じ上げないので、もしされているのなら、伏してお詫び申し上げますが、
ノーミートの対象である動物達の心に想いを寄せるような事をされていたのだろうか?…と。
これはあるかないかで全く違ってくると想うのです。
何故なら、ノーミート運動の主役は一般会員であると共に、動物達でもあろうかと存じます。
この運動のネックになるのは…その動物達の屠殺の現場を知る、肌で感じる事なのだと私は感じます。
文化的状態と云うのは、肌感覚を極力排除したものであるので、そういった現場を知るのは
なかなか無いものですが、かつて2chでYoutubeでの屠殺の現場についての
話題になった時、皆、トラウマになるレベルで深刻に受け止めていました。
恐らく、皆それぞれがそれぞれの感覚に於いて動物の魂に共感し、悲しみ苦しんだかと
存じます。
そういった事を誌友会なり勉強会なりで学ぶ事も大事だと想うのです。
それぞれがそれぞれの心で感じ、それぞれの言葉で表現し、それぞれの行動で表す。
それが大事なのでは?…と。
それがあってこそノーミート運動は、より良いものになろうかと存じます。


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