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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1878役行者:2011/10/29(土) 13:15:17 ID:00rI61dA
合掌

 本日、10月28日、10時より、生長の家の原宿本部会館にて、「谷口清超大聖師三年祭」が、滞りなく挙行され、御祭の後、雅宣先生によるご挨拶があった。
 その挨拶内容が唐松模様にアップされたので、以下に一部、記す。 畏れおおいことですが、そのときの様子もコメントさせていただきます。
 

  谷口清超先生の「大慈意」に学ぶ

 ・・・祭文にもありました通り、谷口清超先生はおくり名を「実相無相 光明宮弘誓通達大慈意大聖師」と申し上げます。「弘誓通達」という意味 は、「真理を弘めずにはおかない」という誓願を徹底されたということで す。「弘」は「弘法大師」の弘法の意味で、真理を弘めることです。それを 誓願する熱意が貫徹しているという意味です。また、「大慈意」とは「大 いなる慈悲の心」です。このおくり名のように、谷口清超先生は真理の伝 道を大いなる愛の心をもって徹底して実践された、そういう信仰の先達として実に模範的な人生を送られました。・・・
 今日はこの大聖師をお偲び申し上げ、おくり名の「大 慈意」という点について先生のご著書から皆さんとともに学びたいと思う のであります。 先生の著書に『愛は凡てを癒す』という本があります。この本にはいく つもの版がありますが、最近のものは平成4年(1992年)に出た「谷口清超 ヒューマンブックス」(全10巻)に収録されています。一見比較的新しい本の ようでありますが、初版は昭和29(1954)年です。ですから、清超先生が34 歳のころに書かれたご文章が集められているのです。私はその頃はまだ小 さい子供で、昭和29年には2〜3歳です。それで、清超先生がこの本の原 稿を書いておられたころは、まだ1〜2歳ということになります。そうい うまだ右も左も分からないような子供だった私のことが、実はこの本に少 しだけ出ているので、まずそこを紹介いたします。 これはこの本の最後の方の18章にあり、「子供は天真爛漫である」とい う小見出しがついた文章ですーー 私の一番下の子が雅宣という男の子で、この子は今は11カ月目になりま したが、何時か何かいたずらをして、姉娘の邪魔をした事があります。す ると姉娘が“チッチッ”と雅宣を叱ったのですが、雅宣は“チッチッ”と叱る言 葉が面白いらしく、キャッキャッと笑いながら姉娘にふざけるのでありま す。だから彼には姉娘の叱責はちっともこたえないので、姉弟で遂にふざ け出して“チッチッ”“キャッキャッ”と騒ぎ出したのでした。幼な児は何でも 善意に解釈して、叱られていても叱られているとは思わないで喜んでいる のであります」。(同書、pp. 252-253)

  まあ、私にもこのように天真爛漫な頃があったようでありますが、清超 先生はこんなうるさい子供たちを観察して、その様子を原稿に書いておら れたのですね。その頃は、子供に個室など与えられていませんでしたか ら、子供たちは先生が原稿を執筆されているところで騒いでいたのかもしれません。また、別の部屋で先生が原稿書きをしている時に、人の都合など気にしない幼い私は、先生の部屋に勝手に入っていったことがあるかも しれません。そんな時に、父親である先生はどのように応対したのか……と 考えさせられます。たぶんずいぶん迷惑をおかけしたと思います。しかし 先生は、そういう時のご自分の対応を考察されて、「真に愛するとはどう いうことか」を文章に書いておられるのです。このご文章に、谷口清超先生がいかに「愛」を大切にされる大慈意の方であったかが表れていると思 います−− 真の愛は吾々から自己の劣等なる心を偽装している口実を奪い去るのである。吾々が何か仕事をしている時、いと小さき幼な児が笑顔をもって走 り込んで来る時、吾々の愛がいかに大きく崇高で純粋なものであるかを見ることが出来るのであります。その“仕事”なるものが果たしてどれだけ“幼な児の生命”より偉大でありうるであろうか。幼な児を愛し保護し養育する などという事は名声を博することでもなければ金儲けになることでもない のであるが、真に吾々が幼な児を愛する時、すべてをなげうってでもこの 一個の小さな生命を保護したい気持になります。果して吾々は自分のした いと思っていることがさまたげられた時、いらだたしい気持で“偉大なる生 命”を冒涜し、彼を心の中で傷つけはしなかったであろうか。吾々が真に幸 福になる時は、かくのごとき口実をすべて洗い流して、全てを神にゆだ ね、神の御意(みこころ)の愛をたゆみなくほどこして行く時であります。自 分が神の心を起す時、神の国が吾が周囲にあらわれて来るのであって、こ の逆ではないのです。神は別に名声を求めるのでもなければ、知識を求め るのでもなければ、いやんや金を儲けるのでもなく、ただ惜しみなく愛を 与えて全ての有情非情を育てて行くのであります」。(pp. 40-41)

続く!


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