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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1869はし:2011/10/28(金) 01:30:33 ID:qrY2rT0E
はしがき 
               谷口清超

 生長の家の聖経では『甘露の法雨』とその続編の『天使の言葉』とが、まず谷口雅春大聖師によって書き下ろされた。それから『続々甘露の法雨』が作詩されたが、これらは「三部経」として大切に日々読誦されている。そこには生長の家の真理が、流麗な文章で書かれていて、毎日読誦しているとそのリズムによって、知らず知らずのうちに教えの神髄が自覚されてくるものだ。とくにこの『続々甘露の法雨』は、病人の心を励まし救うところの力強い言葉が満ちあふれているので、「病気になったら読む」という人もいて、そうした功徳もあるが、実は人生万般の現象すべてをナシと断定する "真理の言葉" であるから、あれこれと現象を掴まず、ただ「そのままの心」で感謝して拝読するのが一番よいのである。
 この点について、大聖師は本文第四話の中で、次のように御教示されている。
 『「健康は既に汝を訪れたりと知れ」ここが大切ですね。これから病気を治そうと思うと、病気を心で掴むでしょう。「既に健康は訪れた」とこう思ったら、心はもう病気を掴まんですよ。「病気を治したい」というのは、「病気がある」という観念が働いているから、心に念ずるものがあらわれるのですから、それではまずいですね。「既に健康である」と健康を念ずるがよい。だから神想観をしても「神の生命(いのち)流れ入って私の病気を今治し給いつつある」と念ずる。まあこれでも効かんことはないけれども、そう念ずるよりも「神の生命(いのち)流れ入りて光明燦然(こうみょうさんぜん)と輝いて、病気はどこにも無い既に健康である」と、その既に健康である相(すがた)をじーっと観ずる方がいいんです。 "病気を治し給う"じゃ「病気がある」という観念が矢張り働くからまずいですね。それで、『心を鎮めて平和ならしむるの秘訣は唯「有難う」と一切のものに感謝するにあり』と示されている通りに、"ありがとうございます。ありがとうございます。"と感謝するんです。本当に感謝の念を起すということが必要であります。しかし、まだ実際に感謝の念が起らないでも "ありがとうございます。ありがとうございます。"と、こう言葉に出して繰返し言っておりますと、 "言葉の力"で感謝の念が湧いてくるのであります。』
 その他この御講義のなかには、正しい宗教は脅しではなく解放の教えであること、さらに事業や家庭や夫婦の問題、さらに又教育や子育てに関することなどの解決した実例が、実にさまざまな角度から引用されている。青年時代、雅春先生が如何にして就職し、さらにそれをやめて「生長の家」を始められたかという経緯についても、第十話でユーモアを交えて話しておられるから、この御講義はまさに生前の先生のお話を承っているときそのままの "雰囲気"を再現していると言えるであろう。

 さて最初、この『続々甘露の法雨』についての大聖師の御講義が行われたのは、昭和三十年十一月に秋の記念祝賀講習会が東京の本部会館で行われた時であった。その部分の収録は第一話から第十話までであるが、その後さらに数多くの追加原稿が、昭和四十三年一月号から昭和四十八年九月号にかけて「白鳩」誌に連載された。しかし途中には休載の月もあり、その全部はここにおさめられてはいない。即ちこれらを谷口貴康氏が克明に纏めて編集して出来上がったのがこの書物である。
 また貴康氏は本書を谷口雅春先生ご生誕百年の記念出版として上梓できるように努力し、その校閲や装丁にも携わってくれたのであり、ここに厚く感謝の言葉を述べさせて頂く次第である。勿論いつもの様に、日本教文社の永井光延氏をはじめ編集部の方々には、色々とお世話になった次第であり、重ねてお礼を申し上げるものである。
  平成五年六月十七日
                     編纂者 謹んでしるす

以上   大聖師御講義『続々甘露の法雨』 谷口清超編纂   はしがき 原文


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