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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1849初心者:2011/10/17(月) 08:14:49 ID:4IaAZAME
復興G様、ありがとうございます。

まずは、文化と自然の好感度の感覚でいえば、わたくしは、復興G様とは逆の印象を持っております。かつて、進歩的文化人という人々が存在いたしましたが、いまではこれは、軽蔑の意味を含んだ物言いとなっているような気がいたしております。文化講演会。これの好感度は、はたしてどうなのでありましょう。生長の家でも、たとえば、絵手紙誌友会をカルチャークラブと揶揄する傾向があり、文化という言葉の意味が、復興G様がいわれるほどには好感をもって使われていない、という状況にあるような気がいたします。

自然にかんしては、無為自然、大自然、自然体というように、好感をもって使われることが、けっして少なくはありません。たとえば、生長の家で説かれる「そのままの心」とは、文化的な心と、自然の心と、どちらに近いと考えられているのでありましょうか。

そしてまた、復興G様がいっておられるように、実相は今ここにあって生きてあるので、これになにも手を加える必要がないのであれば、環境問題にしても、教団内部のゴタゴタにしても、なにもせずに放置しておれば、それがそのまま実相の姿だということになるのではありませんか。

復興G様は、たとえば、世界に蔓延する経済格差の問題や、環境破壊の問題にたいして、具体的になにをなすべきだと考えておられるのでしょう。教団のゴタゴタにたいして、具体的になにをなすべきだと考えておられるのでありましょう。

わたくしがなそうとしていることが、やれ自然状態だとか文化的状態だとかと騒いでる、ということになるのであれば、復興G様は静かになにをなさろうとしておられるのでありましょうか。復興G様は、問題解決のために、なにをなそうと考えておられるのでしょうか。ただ祈ればいい。そのように考えておられるのでありましょうか。

批判される以上は、問題の解決に向けた、復興G様ご自身のアイデアを開示なさるべきであります。いかなるアイデアも開示なさらずに、批判だけをするというのは、あまりにも無責任な態度であります。実相が今ここに生きてあるのであれば、それが問題解決にどのようにつながってくるのか、少なくとも、その具体的な道筋を示すべきであると考えます。

復興G様は、実相は、自然状態と文化的状態の考察からあらわれてくることはない、と考えておられるようでありますね。それでは実相のあらわれ方がちがう、と考えておられるようでありますね。復興G様こそ、実相のあらわれ方に、なにか制限をもうけておられるのではありませんか。復興G様がのぞんでおられるような形でしか実相はあらわれてはならない、と考えておられるのではありませんか。

有名な寓話があります。大洪水でひとりの男が屋根にとりのこされました。男は、救いをひたすら神に求めた。やがて救助のボートがやってきた。男は、「神様が助けてくださる」と救助をことわった。つぎにヘリコプターがやってきた。男は、またしてもおなじ理由でことわった。やがて、家ごと流され、男は死んだ。天国で、「なぜあれほど祈ったのに、救ってくださらなかったのですか」と神に抗議する男に向かって、「わたしは、ボートを差し向け、ヘリコプターを使わしたのに、お前が拒否したのだ」と神は答えた。

わたくしのなそうとしていることが、実相の顕現につながるなどと、大それたことを述べようとはおもいません。もちろん、実相を顕現させようとも考えてはおりません。それはそれとして、復興G様がなにをのぞんでおられるのか、それが判然とはいたしません。なにもなさなくていい。そのようにお考えなのでありましょうか。復興G様がなにをおっしゃりたいのか、それがわたくしにはわかりません。なにもするな。なにも考えるな。このようにおっしゃっておられるのでありましょうか。20年前にも、生長の家の内部では、このようなことがいわれていたような気がいたします。


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