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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1831復興G:2011/10/15(土) 11:45:47 ID:yhDBe2kY

>1823 :初心者様。
>復興G様は、自然状態と実相世界の混同が、これまで、生長の家でなされていたとお考えでしょうか、それともそれはなかったとお考えでしょうか。あるいはそもそも、自然状態というものはない、とお考えでしょうか。<

──「自然状態」とは何を意味しているのか、あなたのおっしゃる「自然状態」とはどういう状態のことなのか、今ひとつハッキリしないのであります。

「自然状態」ということで私に思い浮かぶのは、アダムとイブのエデンの楽園にいたときの状態ということです。そうすると、蛇にだまされて知恵の木の実を食い楽園から追放された状態が「文化的状態」ということになりましょうか。そのように考えても間違いないでしょうか?

>「ロンドンの霧は、詩人が認めたときにはじめて存在に入った」とはどういうことでありましょうか。じつは、この言葉にこそ言語の本質があらわれているのであります。事物は、言葉によって認められなければ存在することはない、言葉によって認められてこそ、事物は、はじめて存在に入ることができる、ということをロンドンの霧は示してくれているのであります。(1824)

──それは、詩人が認めただけでなく、詩に表現して、「人々の意識のなかで印象されるようになった」ときに初めて「存在に入った」。一人が認めただけでは「存在に入った」とは言えない。そこには、共感を呼ぶような「表現」が必要なのであります。

「自然状態」とか「文化的状態」とか言っても、共通認識、共感が得られなければ、それは「存在しない」のと同じではありませんか。初心者様は<1744>で一応の定義めいたことはおっしゃっているけれども、一度難しい言葉で言ったからとて、それで大多数の人に共通認識、共感が得られているとは思えません。
 もっと共感、共通認識が得られやすい表現、わかりやすい言葉を使う工夫が必要だと思います。あなたの用語は、象牙の塔の研究者みたいに、わかりにくい言葉が多すぎると思います。

>ソシュールは、言葉は、……「ヤマ」という言葉がつくられる以前には、「山」という事物は存在しなかったと考えたのです。<

──その「言葉」というのは狭い意味の「言葉」でしょうか、想念、波動という意味を含んだコトバなのでしょうか。後者であれば同意できます。しかし、前者(狭い意味の「言葉」、言語)であれば、私はソシュールの説にはとうてい同意できません。まず出発点が大事です。

私は今日これから予定行事があって出かけます。明日も朝から一日行事がありますから、次にお返事できるのは明日夜以後になると思いますが、よろしくお願いいたします。


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