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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
1810
:
さくら
:2011/10/14(金) 12:45:23 ID:T/77sMGw
>1807
初心者さまへ
丁寧な返信恐れ入ります。
組織型宗教が、矛盾を内包することによって維持されていて、それが信仰の対象となる神秘性に支えられているとすれば、その矛盾は明らかにされるべきだと、私は思います。
組織や宗教団体に神秘性が存在し、神が働くというような幻想が、排他的思想や内部紛争による分裂や戦争などの状態を生み出す一面があると、感じているからです。
また、宗教的目的と組織的目的の同一視は出来ないのではと思われますが、団体の中で活動する人の意識の中では、混同されやすいのではないかとも思っています。
組織というのは、相対化して絶えず改革がおこなわれるべきものですが、そのことと信仰的妥協(惰性に流されることや自我の葛藤、矛盾内包することなど・・)は本来別であるはずなのです、内部の人間は、絶えずその葛藤にさらされているような状態に置かれているのでないか、とも感じています。
組織と信仰が結びつくときの不合理性は、まだ他の観点からも、根深いのではないか、と感じています。
「問題とすべきは、ひきこもりがはじまる以前の状態とは何であったかということでだけ、」
との初心者さまが、示して下さっていることに対して、
皆さまが、自然状態とはなんであったか、ということを示して下さっています。
果たしてこの状態を、生長の家として実現する方向へ進むことができるか、ということや、
「「現象なし」とする否定性と、「実相がある」とする肯定性のあいだに、これまで語られることのなかった新たな概念」を、丁寧に理解することが大切の様な気がしてます。
対話を通して、新たな展開が見えてくればよいですね。
また、「個人の意識の救済の不可能性」についても、書いていただいております。
これは言葉だけで考えると誤解をしてしまいそうですが、言葉を習得した人類が生きている世界や、否定性の世界に生きることとはどういうことかの認識があって、理解できることかと思っています。
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