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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1783義春:2011/10/13(木) 00:17:03 ID:iu5Ar./Q
では、イワクラについて、書かせて頂きます。
弥山に登った際に、平石の上で寝たと云う事を記しましたが、
この時、自然と一体になる感覚がありました。

 これから書くことは全て私の感覚なので、間違いがあると思いますが、
古代のイワクラで祈りを捧げたり、自然と一体になる時の姿勢は
大の字に仰向けになっていたように思うのです。
座っていたら、空の上が見えないからというよりも、
背中が岩と接するから、より多く身体が自然と接するという方で、
そんな姿勢になっていたのじゃないのかな?と素朴に感じたのです。

 縄文時代の、役行者様の仰るところの【国津系時代】というのは、
言葉のネットワークに拠らない実体験が重視された時代だと思うのです。

 そして、このイワクラのあったところとは、甘南備山が多いのですね。
この甘南備山と云うのは、△の形をしています。
例えば、奈良の三輪山などは正にそんな形をしております。
(※ここに岩石祭祀についての記してあります、ご参考にhttp://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/nihonkokunai4.html

 △ということはピラミッドみたいな形になります。
△というものは本能的に安心する形であるとも聞きます。
なぜかと申しますと、黄金比というものがあって、それにそったものを
本能的に美しいと感じるようなのです。左右対称であるということは
バランスが整っているので、そこに神を見出したのかもしれません。

 そして、その△の上にある、イワクラの上で夏至と冬至に◎である太陽を拝む、
それは、私の私観ですが、世界の再生させようと祈ったのだと私は感じるのです。
この時、イワクラの上での彼等の姿勢は座っていたと感じます。
正対する事で、太陽に対する信仰、太陽信仰があったのだとも感じております。

 自然状態での神道については、このように私は感じております。


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