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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
1779
:
志恩(教頭)
:2011/10/12(水) 21:33:07 ID:psrFh/ZU
スナフキン校長
コメント、ありがとうございます。ウイークディは、昼間はあれこれあり、PCの前に座れませんので、夜まで返信を失礼してしまって、すみません。
私は、「古事記」については、興味があり、ずっと勉強してきたのですが、まだよくわかりません。本居宣長が、霊感を得て35才のときから35年もかけて69才になって書き終えたたものだそうですから、学べば学ぶほど深いです。
私は、校長のような哲学的頭脳は持ち合わせておりませんので、申し訳ないけれど、校長とのことばのキャッチボールは、難しくて出来ませんが、和耕軸・古事道関係の著書は、3冊持っていて、いまだ勉強中ですので、また、少しだけ書き写させていただきます。
これについての、ご返信のご心配なく。
【古事記の理と精神】より抜粋
古事記は、いわゆる天皇国日本の「柱」といわれており、天皇家の帝王学だといわれていますが、実は、この古事記の理は、『このままわれわれ個人が個人の真価を発揮する帝王としての生き方をする指針』なのである。
日本の知性といわれた小林秀雄は、「古事記は憲法であった」と言っている。小嶋憲之は、「古事記が中世へかけての一般人には法律書類とみなされていたことがわかる」と言っている。
古事記の精神は、宗教とは次元を異にしたものであり、政治・教育・経済・芸術・医学・芸術等、すべての指針であった。
だからこそ、日本には、どのような宗教も哲学も思想も共存し得たのである。
古事記の内容の重要さは、、、、「高天原をしろしめす天照大御神」「天孫降臨」と、発展的に円融循環しながら、実相世界から、より具体的な現象世界へと進展する神事を明示していることにある。
それは、1粒の種がどのようにして根を出し、芽を出し、花咲き、結実していくかという原理を示すのと同じことになるので、まさに「邦家の経緯」である。
また、古事記の精神を生きることは、すべての人と事と物の存在価値を認め、これを尊重し、共補・共存・共栄していくことを工夫実践するのであるから「王化鴻基」ということになる。
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