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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
1771
:
トキ
:2011/10/12(水) 17:06:21 ID:k7.Dct06
難しいテーマでしたので、少しカンニングをしました。神道の場合、古代の「アニミズム」の形を取る「古神道」もあれば、
戦前のような「国家神道」もあり、その多様性には驚かされます。いろいろ調べたのですが、まだ消化不良で満足の行く投稿が
かけるまでには時間がかかるでしょう。ですから、初心者様のご質問からは外れますが、とりとめもない感想を書いてみます。
普通、教派神道なり国家神道なりが登場すると、「古神道」のようなアニミズムは消滅するものなのですが、日本の場合、数
は減ったとは言え、現在でも「古神道」が存在する事を考えると、やはりそれなりの意義があると感じます。もともと、教義と
いうのは「神仏」なり「信仰」を人間に説明するために生まれたのですが、いったん、誕生したら、今度は、教義が人間を束縛
するようになります。これに対して、体系だった教義を持たない「古神道」は、曖昧模糊としてとらえようがない面があります
が、教義で人間を束縛しないため、ダイレクトに「信仰」を経験する感じを人間に与えるという長所があるのではないかと想像
します。過去においては、アニミズムというのは、原始宗教と言われ、下等な存在のように思われ、他方、教義を持つ宗教は有効
何か高等な宗教のように思われました。しかし、たかが人間の頭に理解できる程度のお話をもって高等と称するのは、少し人間
の傲慢であったとは思います。体系だった教義を持つ信仰も大切であると共に、アニミズムもそれなりの存在価値があったと
思います。
このアニミズムの信仰は、一つ間違うと、単なる「あぶない人」になってしまう危険性があります。しかし、反面、自己内在の
神性、仏性を高めるという手段で使われれば、教義に偏りがちな信仰にブレーキをかけるな手段になると思います。
少し話しがずれますが、中東では、今でもイスラム過激派による自爆テロが頻発しています。それは、一部のイスラム過激派
がテロを正当化する教義を若者に教え込んでいるからです。
ところが、ある日、ある自爆テロ犯人が起爆装置のスイッチを押さずに自首しました。その理由を聞かれた若者がこう答えたのです。
(うろ覚えの部分がありますので、お詫びします。)
「起爆装置のスイッチを押す前に周囲の人達を見た。周囲の人達の幸せそうな顔を見ていると、自分はスイッチを押すべきではない、と
いう思いがわき上がってきた。」と。(ニューズウイークの記事だったと思いますが、自信はありません。)この人の場合、最後に
内在の神性、仏性がこみ上げて来たのですね。
こういう自己内在の神性、仏性を高めるという目的での信仰という意味では、アニミズム的な方法は否定されるべきではないかもしれ
ません。(もっとも、アニムズム的な方法だけで、信仰の暴走を防止できるとは断言できないとも思いますが。)
しかし、初心者様の提示されたお話は、壮大で、返答をするのは、まだ、時間がかかると感じます。
どうも、関係のない話を書きまして、すみません。
合掌 ありがとうございます
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