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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1761役行者:2011/10/12(水) 12:41:43 ID:O6oz921Y
 >初心者さま

 >「現象なし」とは、意識によって認識された世界について述べているものと考えることができます。
 では、意識発生以前の世界については、その非存在を如何にして知ることができるのでありましょうか?まことに勝手ながら、この問いを第一の公案といたしたいのであります。<


>自然状態を、古事記あるいは神道との関連において語っていただきますことをお願いいたす所存であります。<

 ということになると、仏教・キリスト教伝来の以前における、神道また、その日本の自然信仰を何とかまとめて編集した「古事記」において、語るということになりましょう。

 初心者さまが以下のよう、仰っていました。

>ジェインズによれば、二分心(意訳;神と繋がる意識)の時代が終わったのが、
早ければ、紀元前3千年ということになるのでありますが、これは、ウルクのギ
ルガメッシュの時代と符合いたします。ロゴスのはじまりが、二分心時代の終わ
りであり、これによって意識が発生したと考えられます。左脳と右脳が脳梁によっ
てむすびつけられたのが、やはりこの時代であったようであります。<

 これは、日本で云えば、神武維新より遙か以前となります。もう、直感で書きます。間違いがあれば加除訂正のほどを・・・・

 弥生時代の始まりが大体、神武維新としますと、その前は、日本では縄文時代とあいなります。
 私はこの時代の方々を、勝手に国津系と命名させていただきます。
 日本ではこの縄文時代を大雑把に、ロゴス発生以前の自然状態と云ってよいので
はないかと思ってます。

 神武維新以降を、天津系時代といたします。その後、700年代に「古事記」が編纂されます。
 編纂した時期的に推測しますと、天津系の視点から編纂されたといっても過言ではないか
とぞんじます。
 ですから、この古事記という書物は、日本史上、大変なキーワードになるかと思うのです。

“ロゴスをもたらしたのか?それとも、自然状態を縄文文化から継承したのか?”

ということになります。

 そこで、志恩さまが捉えた古事記解釈から察しますと

>自然状態における人々のあり方をひと言でいうとすれば、昼夜の入れ替わり、
月の満ち欠け、四季のうつろいなどによってもたらされるそれぞれのリズム感に
たいする、人々の感情の変化が、そのまま宇宙的原理へと結びつき、そうした原
理がふたたび人々のもとへと回帰することで、共同体の象徴的秩序が築かれ、そ
うした秩序にもとづいて、人々の関係性がきずかれていた。<

と述べられいる訳ですから、縄文から自然状態を継承されたと観た方が良さそうな気がします。
初心者さま、また皆様、どうでしょうか?

 いずれにしても、意識発生以前の世界については、いにしえ、縄文時代から学ぶのも一つかと思います。


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