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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1759初心者:2011/10/12(水) 09:20:48 ID:4IaAZAME
志恩さま、対話へご参加いただき、ありがとうございます。

わたくしの目指す方向性は、文化的状態を評価しつつも、自然状態を美化しておきたい、というものであります。その自然状態を語るうえで、古事記や神道にまつわる知識や見識が必要不可欠であるようにおもわれますが、わたくしには、それらのものが著しく欠如しているようにも感じられるのであります。

今回、志恩様によって提示していただきました、自然状態における生き方や、その根本となる考え方は、わたくしの「自然状態を美化しておきたい」という欲求にかなうものであったようにおもいます。

自然状態における人々のあり方をひと言でいうとすれば、昼夜の入れ替わり、月の満ち欠け、四季のうつろいなどによってもたらされるそれぞれのリズム感にたいする、人々の感情の変化が、そのまま宇宙的原理へと結びつき、そうした原理がふたたび人々のもとへと回帰することで、共同体の象徴的秩序が築かれ、そうした秩序にもとづいて、人々の関係性がきずかれていた、ということが、どうやらいえそうでありますね。そうした、太古の時代の人々の関係性のあり方を、志恩様に提示していただいた文面から、具体的に感じ取ることができたような気がいたします。

それと、2度目の投稿に「黄泉のこころ」とありますが、これが文化的状態における意識のあり様と一致するのでありますね。この「黄泉のこころ」にたいする考察は、またのちほど展開させていただくことにいたします。今回、志恩様からは、わたくしが勝手に提示いたしましたテーマにそった有意義なご投稿をいただいたようにおもいます。心から感謝の意を表させていただくことにいたします。ありがとうございました。


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