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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える 2
164
:
トキ
:2011/06/23(木) 10:49:08
>>19
疑問様の組織での立場が不明なので、語る事ができないので、自分の話をしますね。
私は、親が生長の家だから組織に入った、といういい加減な人間なんです。活動もしていました。
でも、組織の矛盾というか、不合理な点には早くから悩んでいました。
あと、疑問様が書かれた、人間関係云々という話も理解はできます。本部関係とか教区のエラいさん
とは、何回も喧嘩をしました。ある時は、人生最大と言ってもよい侮辱を受けて、眠れない日が続き
ました。
ただ、幸いな事に、当時は、まだ、谷口雅春先生の直弟子の方々がご存命でしたから、わざわざ訪問して
教えを乞いました。それが良かったです。
釈迦の法句経に「蛇は水を飲んで毒となし、牛は水を飲んで乳となす」という言葉があります。
あんたの体験は有る意味では、不合理なものでしたが、それを自分だけの問題とせず、多くの人達
の教訓とする事は可能だと思います。また、心にキズを負ったから、他人の心のキズに優しくなれる
という場面もあります。
ところで、疑問さん、あなたにとって「自分」とは何でしたか? このアイデンティティーの問題を考え
ると面白いです。
例えば、学校の先生は、「自分は教師である」というのをすごく意識しています。医師や弁護士など、他の
専門職の人もそうです。あるいは、一流の大企業に所属している人は、自分がその一流企業の社員である事を誇りに
しています。生長の家という組織に所属している人の中には、「私は、生長の家の人間である」というのを自分の
アイデンティティーにしている人がいます。
でも、谷口雅春先生が教えるところでは、本当のアイデンティティーとは、「自分が人間であり、神の子」である
事をアイデンティティーとすべきなんです。それは、自分が行きている限りは、誰にも奪われないアイデンティティー
なんです。他の物は、例えば、資格なり組織でも、何かの拍子にそれを失えば、自分のアイデンティティーがなくなる
という話になります。生長の家という組織でも、何かの拍子で除名になるかもしれません。それで、自分の評価が
変わるのは、おかしいのです。
だから、組織に所属していても、いなくても、自分は神の子であり、他人もそうだ、という点から視点を出発すれば
いいと思います。そこからが勉強だと思いますね。そうすると、組織内で誰が、何を言っても、気にしない自分がいる
と思います。
ながなが、勝手な事を書いてすみません。
合掌 ありがとうございます
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