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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1614トキ:2011/09/26(月) 20:01:51 ID:W4PkIrQA
 谷口雅春先生は、自主憲法制定を訴えておられました。
この点が、「生長の家が右派である」という印象を世間に与えた原因のひとつでした。
 今でこそ、憲法改正が普通に言われているのですが、当時は、タカ派の扱いをされていま
した。原宿教団がこれを封印したのは、これが生長の家のイメージを悪くすると考えた
ためです。
 この点について、論じたら、本が何冊も出来るほどの内容です。ところが、谷口雅春先生
は帝国憲法復元と同時に憲法改正を言われていました。
 つまり帝国憲法も全面的に肯定をされていなかったと私は解釈をしております。
では、なぜ、これを言われたのでしょうか。

 少し余談になりますが、ソ連のノーベル賞文学者 ソルジェニーツィンの特集番組が
NHKで放映されていました。今はあまり知る人も少なくなりましたが、ソ連時代は共産主義
の間違いに正面から対決し、暴力ではなく、言論で共産主義を崩壊させた人物として現代で
もロシアでは深く尊敬されている人です。ソ連時代にアメリカに国外追放されましたが、
ソビエト崩壊後にロシアに帰国しました。
 彼は、共産主義崩壊後のロシアについて、西側の民主主義と資本主義をそのまま導入する
事は、国家と国民を不幸にする、と警鐘を鳴らしました。独自の伝統と文化を持つロシアに
は、それにふさわしい形での自由化があるべきだと言ったのです。しかし、当時のエリツィン
大統領はそれを無視して矯激な民主化と資本主義化を導入し、大混乱を招き、国家と国民を
不幸にしてしまいました。それを見たロシア人はあらためてソルジェニーツィンの見識を評価
するようになった、ということでした。

 この話は、そのまま、谷口雅春先生にも当てはまるような気がします。
つまり、戦争が終わり、新しい体制を作るときに、日本の伝統や文化を無視した体制を作る
事が、結局は国家や国民を不幸にする、という話をされたかったのかもしれません。
 今日、自殺者が3万人を越し、財政赤字は史上最大という状況を考えると、谷口雅春先生が
何を危惧されていたか、分かるようなきがします。
(つづく)


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