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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1571うのはな:2011/09/21(水) 13:06:39 ID:iM0b0bt6

● 宝蔵神社由来と霊供養の功徳 ●

 ところで大変ありがたいのは、私たちの祖先も私達も、やがて霊界へ移入した
時に神格が与えられることである。宇治別格本山の宝蔵神社は、私達の御先祖を
第三義の神として祀られている霊廟である。生前は聖使命を感得して聖使命菩薩として挺身、致心、
献資の功徳を積んでいた魂が、霊界でも霊宮に祀られ、霊宮聖使命菩薩として霊界においても
人類光明化運動を続けることが出来るのであって、こんな有難いことはない。

 第一回の宇治の盂蘭盆供養大祭が執り行なわれたとき、全国から約三十万の霊牌が送られて来た。
その霊牌の整理係のTさんという人が、霊牌を整理している内に水をガブガブ飲み始めたが、
恐ろしいほど毎日飲み続けて苦しみ出したことがある。
“これはきっと救われたい霊魂が全国から沢山集まって来ているのだから、
大祭に先立って一所懸命に聖経を読誦して水供養しなさい”と教えてあげた。
すると、悪夢から覚めたようにすっかり元気になり、水を飲む奇現象も消えたばかりか、
大祭が終ると同時に良縁を得て、結婚することになった例もある。

 毎年の宇治別格本山盂蘭盆供養大祭のとき、招霊祭の聖経読誦が始まると必ず、眠くて眠くて、
どうにもならない状態になってくることがある。そして、招霊が終わると同時に、頭がはっきりして
爽快な思いがよみがえって来るのだから不思議である。
招霊されてくる沢山の霊魂の中の未だ眠れる霊魂の霊波を受けるからではないだろうか。

 白鳩 誌(通巻552号) 和田 英雄 先生


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