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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1542山ちゃん1952:2011/09/17(土) 08:13:32 ID:6MMzJilY
トキ様
いろいろ御指導ありがとうございます。

「和解」と病気は違いますので少し「譬え」が?
前にも云いましたように、一人がいくら和解と言っても駄目ですよ。
総裁本人は正しい事をしていると思っていますから。
本人が治りたいとか癒されたいと思う場合とか、不良などの息子が
不徳の致すところがある場合でも少しは善人の思いがあるから、親孝行に
変わっていくのです。祈りとその本人の気持ちが一致した場合に奇跡が
だいたい起る場合が多いですね。ただ本人が悪いと思っていない場合は難しいです。
その場合は強制的にやるのが一番いいのです。

病気が癒える場合は多くは、祈る人の思いと祈られる人の気持ちが問題なのです。
こんな私でも何ヶ月も罹る大病を数日で退院せしめた実例があります。
奇跡といえば奇跡ですね。
でも私は奇跡と思っていなかったのです。そして本人が癒えようとする気持ちがあった
からなんです。

この事一つにしてもトキ様とは意見が違うのです。しかも殆どが「私の意見」が多い
のです。それと総裁に対しての悪感情が多いのが「和解」の妨げになっています。
やること為す事が今まで行った幹部の気持ちを逆撫でしているのです。
だから総裁は何も云わない、何もやらないのが「和解」の道でしょうね。

でも無理でしょうね。益々「悪感情」が増しているというのが私の印象です。

総裁はいままでの行動を「祈り合い神想観」で直さなければならないでしょうね。
まあ何年もかかるでしょうか


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