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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1494うのはな:2011/09/14(水) 16:01:34 ID:iM0b0bt6
>1492 続き

 現代の若い人たちはちょっと好きになればすぐに身体をまかせ、相手の男性の
性欲を満足させるためのオモチャにされ、恋愛関係となり、好いて好かれて相思相愛の
仲となり、ついに結婚生活にまで発展しても、実際に生活してみて、ちょっとでも
都合の悪いことや満たされないことがあると、すぐに嫌になり、さっさと別れてしまうのであります。
これなども人間を人間と観ず、動物なみに見て、人間なるものの尊厳性も人生の意義も尊さも全然わからず
肉体的欲望や本能の趣くままに行動し何の矛盾も恥かしさもないという、そのようなことが当然としてまかり通る
社会世相であります。
 
 昔は、特定の宗教や信仰を持たなくとも、人間には人間としての生きる道があり
道義が定められ、それに背く行為は死にも勝る恥であるとして厳しく戒められておりましたから、
何ごとを為すにも慎重であり、軽々しく行動しなかったものであります。
もしも失敗することがあれば、生命にかけても責任をとらなければならないから、
何をするにも考えに考えぬいて、たとえ死んでも後悔しないと心に決ったとき行動するというのが常道で
ありました。特に男にあっては常にそれだけの覚悟をもって行動したものであります。
中でも最も厳しかったのが日本武士道精神であります。

 常に何をするにもこの腹切り覚悟でものを考えて行動したのでありますから、すべて慎重であり
出鱈目なことや無責任なことが出来ないのであります。
 これは男だけではなく、女性の世界も同様でありまして、特に結婚などは、
一世一代を通じて最も大切なものとして考えられ、いったん嫁いだ以上はどんなに苦しいことや
思うように出来ないことがあっても、全身全霊、生命がけで取り組み、乗り越えてゆくのが
人間の道として最も尊い生き方でありました。
安易に逃れることなど一切考えなかったのであります。
だから意志が極めて強固であり、言わば背水の陣でありますから、絶対の力となり、
困難が困難とならず、他人から見ればよくも我慢が出来るものと思われるような条件の下でも
案外楽々と処理し、征服出来たのであります。


つづく


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